そして後半、人骨の発掘現場を訪れたジェシカは、小さな村にたどり着き、川辺で魚の鱗取りをしているもうひとりのエルナン(エルキン・ディアス)に出会い、彼と語り合ううちに異次元ともいえる世界に引き込まれていく。
アピチャッポンが、ふたりのエルナンを意図的に対照的な人物として描こうとしていることは、人物と場所との関係からわかる。サウンドエンジニアのエルナンはバンドもやっていて、東京にも行きたいと語るように、ある場所に留まるのではなく、旅する人間といえる。これに対してもうひとりのエルナンは、これまで村を出たことがないと語る。その理由は記憶と関係している。彼はすべてを記憶するために、目に入るものを制限し、映画やテレビも観ない。だから村から出ることもない。
ふたりのエルナンは、ジェシカの頭のなかに轟いたもののふたつの側面を表わしているともいえる。サウンドエンジニアのエルナンは、いわば「出力」だ。彼は仕事で音を作り、バンドで音を出し、バンドがツアーに出れば音が広がっていく。
ただしそれは、本作が扱う音の一面でしかないだろう。ジェシカの説明を手がかりにエルナンが作る音の再現性が高められるほどに、おそらくは実際に彼女の頭のなかに轟いたものとの本質的な違いも際立っていく。彼女が追い求めているのは、音であって音ではないからだ。
そんな彼女はもうひとりのエルナンに出会う。すべてを記憶する彼はいわば「入力」だ。彼女は、そんなエルナンに触れ、記憶を共有していくとき、音であって音ではないものの正体を幻視することになる。 |