[ストーリー] オーストラリアに数年間の留学を予定している若いカップルが迎えた旅立ちの日。彼らが荷造りや別れを惜しんでアパートを訪れる家族や知人の対応に追われるなかで、事件が起こる。隣人に雇われたベビーシッターに頼まれて、しばらくの間、預かっていた赤ん坊に異変が起こっていたのだ――。
これまで短編、ドキュメンタリー、TVコマーシャルを手がけてきたニマ・ジャウィディ監督の長編デビュー作です。舞台がこれまで主人公の男女が暮らしてきたアパートに限定され、スリリングなドラマが紡ぎ出されていきます。
これは筆者の勝手な想像に過ぎませんが、ジャウィディ監督は、アスガー・ファルハディ監督の『Fireworks Wednesday(英題)』(06)に影響を受けているように思えます。『Fireworks Wednesday』では、ある中流階級の夫婦の姿が、掃除代行の仕事でたまたまその日に彼らのもとに派遣された若い女性ルーヒの視点から描き出されていきます。夫婦はオートロックを備えたマンションで豊かな生活を送っていますが、関係はこじれています。妻は夫と隣人の独身女性との関係を疑い、結婚を間近に控えたルーヒはそんな夫婦の争いに巻き込まれていきます。
また、同じファルハディ監督の『別離』(11)と対比してみると、この映画の魅力がより明確になると思います。『別離』では、主人公のアパートで起こった出来事をめぐって、登場人物たちが自分や家族を守るために嘘をつかなければならなくなります。この映画も似た展開を見せますが、大きく異なるのは、『別離』が裁判へと発展していくのに対して、この映画の場合は、多くの人物が交錯するにもかかわらず、現実に対する判断を迫られるのは若い男女だけで、ドラマが彼らの視点に巧みに絞り込まれています。
この映画は、現実のドラマというだけではなく、イラン社会やアイデンティティをめぐる象徴的なドラマと見ることもできます。若い男女にとって、母国を離れ、海外に出て行くことにはどのような意味があるのでしょうか。このドラマは、イラン社会の現実に対する姿勢やアイデンティティの揺らぎを炙り出しているようにも見えます。 |