マンハッタンに建つビルの7と1/2階にある会社に就職した売れない人形遣い。彼はある日、キャビネットの裏に奇妙な穴を発見する。穴を抜けると、そこはなんと俳優ジョン・マルコヴィッチの頭のなかだった…。
ミュージック・ビデオやCMの世界で活躍してきたスパイク・ジョーンズは、この劇映画デビュー作でいま最も注目される監督となった。誰もが15分だけマルコヴィッチになれる穴をめぐり、思いもよらない世界が広がるこの作品は、決して奇抜で笑えるだけの作品ではない。
この映画の冒頭近くには、主人公と同業の人形遣いが、エミリ・ディキンスンの巨大な人形を操るパフォーマンスで世間の注目を集めるエピソードが盛り込まれている。この19世紀の女性詩人はその作品のなかで、自己の内面に向かって開拓者精神を発揮することを求め、
さらには、自己という王国を外敵から守るのはたやすいが、己という内なる敵には無防備であるため、意識を征服しなければならないと詠った。そんな人物の人形が他人に操られている光景に、この映画の主題を見ることができる。
マルコヴィッチにとって内なる敵はもはや己ではない。他人が勝手に押し入り、彼を征服しようとするからだ。その”穴”を奪い合う人々の姿は、現代をという時代を象徴している。誰も内面など探求する気はない。肝心なのは自分がどう見えるかなのだ。
彼らにとってこの俳優は、金儲けや刺激的なセックスなどの欲望を満たすための人形であり、絶対にマルコヴィッチである必要すらない。
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