コールド マウンテン
Cold Mountain


2003年/イギリス=イタリア=ルーマニア/カラー/155分/スコープサイズ/ドルビーSRD
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(未発表)

 

 

原作は南部固有の基層文化を炙り出し
映画はグローバリズムのなかで戦争と愛を描く

 

 チャールズ・フレイジャーの同名小説をアンソニー・ミンゲラが映画化した『コールド マウンテン』では、南北戦争の末期を背景に、戦争によって引き離された男女の運命が描き出される。

 南軍兵士として戦場に送られ、熾烈を極めるピーターズバーグの戦いで瀕死の重傷を負ったインマンは、奇跡的に生き延び、病院で歩けるまでに回復する。故郷のコールドマウンテンと恋人エイダへの想いに駆り立てられた彼は、脱走兵になるのを覚悟で故郷への道を歩み出す。

 一方、これまで恵まれた生活を送ってきたエイダは、牧師の父モンローを亡くし、窮地に立たされる。そんな彼女の前に、隣人から事情を聞いたルビーという娘が現れる。エイダは、これまで独力で生きてきたルビーに仕込まれ、生きる術を身につけていく。

 フレイジャーの原作は、映画化を知る以前に原書で読んでいた。この映画は、登場人物や構成など、かなり原作に忠実に作られている。だが、原作者と映画の作り手では、見ている世界が根本的に違っているように思える。

 フレイジャーが最も力を込めて描いているのは、戦争の悲惨さでも、男女の愛でもないだろう。ではなんなのか。それを明確にするためには、南部がどのように変化してきたのかを確認しておく必要がある。

 デヴィッド・バーンがテキサスの架空の街を舞台にした『トゥルー・ストーリーズ』(86)で、牧畜や石油に代わるものとして、ハイテク産業やエッジ・シティに注目したように、南部は新たな発展を遂げている。

 フレイジャーがこの原作を発表した翌年の98年に、トム・ウルフが11年以上もかけて完成した『成りあがり者』を発表していることにも注目すべきだ。この長大な小説では、南部の大都市アトランタを舞台に、伝統的な大農園が象徴する威厳と不動産開発の競争が生みだす富に引き裂かれていく権力者の姿が描き出される。

 さらに、コーエン兄弟の『オー!ブラザー』(00)のサントラが、ルーツ・ミュージックやブルーグラスのアルバムとしては異例の爆発的なセールスを記録し、グラミー賞で年間最優秀アルバムに輝いたことや、メディア王の座を退いたテッド・ターナーが巨費を投じて、南北戦争を題材にした大作『Gods and Generals』(03)を作り上げたことも思い出すべきだろう。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   アンソニー・ミンゲラ
Anthony Minghella
製作 シドニー・ポラック
Sidney Pollack
原作 チャールズ・フレイジャー
Charles Frazier
撮影 ジョン・シール
John Seale
編集 ウォルター・マーチ
Walter Murch
音楽 ガブリエル・ヤール
Gabriel Yared
 
◆キャスト◆
 
インマン   ジュード・ロウ
Jude Law
エイダ・モンロー ニコール・キッドマン
Nicole Kidman
ルビー・シューズ レニー・ゼルウィガー
Renee Zellweger
モンロー牧師 ドナルド・サザーランド
Donald Sutherland
セーラ ナタリー・ポートマン
Natalie Portman
ヴィージー フィリップ・シーモア・ホフマン
Philip Seymore Hoffman
ジュニア ジョヴァンニ・リビシ
Giovanni Ribisi
ティーグ レイ・ウィンストン
Ray Winston
スタブロッド ブレンダン・グリーソン
Brendan Gleeson
-
(配給:東宝東和)
 

 このように南部に注がれてきた眼差しは、大きくふたつに分けることができるだろう。一方にあるのは、変化し、発展を遂げる新しい南部をとらえようとする視点だ。そしてもうひとつは、発展によって政治力や経済力を持つようになった南部が、南部とはなんなのかを再確認しようとするような視点だ。

 筆者は、フレイジャーの原作は後者を代表していると思う。彼は、地元の歴史や家族に伝わる物語をベースにこの小説を書き上げたという。そんな物語で印象に残るのは、インディアンの伝承や生活とも結びつくコールドマウンテンの自然や神秘的な世界であり、誌以前とともに生きるルビーと彼女の生き方に惹きつけられて変貌していくエイダの姿であり、インマンが旅のなかで交流を持つ人々、それぞれに複雑な状況に追いやられている南部人の姿である。

 この小説を映画化するにあたって最も重要なのは、南部の土地や自然、神秘性をどのように映像で表現するかということだと思う。しかし、完成した映画からはそのような意識や視点が感じられない。それもそのはずで、この映画はイギリス、イタリア、ルーマニアの合作で、ルーマニアで撮影されているという。原作は、南部固有の基層文化を炙り出そうとし、映画はグローバリゼーションのなかで戦争と恋愛を描こうとする。そこには、方向性が正反対のふたつの世界を見ることができる。


(upload:2013/10/19)
 
 
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