この終盤の意外な展開に戸惑いを覚える人もいるかもしれないが、監督のヴァレは、輪廻そのものに強い関心を持ってこのような物語を作り上げたわけではない。彼はこの映画のメイキングのなかで、「『C.R.A.Z.Y.』よりも深い作品にするため、謎めいた超常的なところまで踏み込んでみたんだ」と語っている。その『C.R.A.Z.Y.』とこの映画には接点があり、それを頭に入れておくと監督の狙いがより明確になるのではないかと思う。
『C.R.A.Z.Y.』は、1960年の12月25日に、主人公のザックが5人兄弟の4男としてケベックの平凡な家庭に生まれるところから始まり、父親と彼の関係を中心に、60年代から70年代に至る家族の変遷が描かれる。ザックは父親のお気に入りの息子になるが、成長するに従って男に惹かれるようになり、ホモフォビア(同性愛嫌悪)の感情を持つ父親との間の溝が深まっていく。
このドラマで重要なポイントになるのは、60年代のケベックで“静かな革命”と呼ばれる変革が進行していたことだ。それまでケベックのフランス系社会ではカトリック教会が実権を握っていたが、一連の改革によって州政府に実権が移行し、民主的で世俗的な社会へと変貌を遂げていった。この映画では、父親とザックがそれぞれ新旧の価値観を象徴する存在となり、その溝がいかにして埋められ、和解に至るのかが描かれている。
『カフェ・ド・フロール』には、そうした図式がより抽象化されて引き継がれているように見える。まず興味深いのは、ジャクリーヌと教会の関係だ。彼女が教会を訪れる場面では、ナレーションを通して、彼女が持ち続ける夢の象徴が賛美歌であり、そこに示された神の愛が、人類より偉大で、命より強いと信じていることが明らかにされる。一方、アントニーやキャロルは、静かな革命以後の社会で成長した世代になる。だが、そこにも新旧の価値観をめぐる軋轢がないわけではない。なぜならアントニーの父親は、断固としてローズを受け入れようとしないからだ。
さらに、2本の映画は音楽的にも繋がっている。『C.R.A.Z.Y.』で15歳になったザックは、ピンク・フロイドやローリング・ストーンズ、デヴィッド・ボウイに熱中しているが、なかでも特に印象に残るのがピンク・フロイドだ。7歳のザックが一気に15歳の彼に変貌を遂げるとき、バックに流れているのは「シャイン・オン・ユー・クレイジー・ダイアモンド」で、部屋の壁にはアルバム『狂気』のジャケットのプリズムが描かれている。
『カフェ・ド・フロール』では、キャロルが幻影を見る場面で、『狂気』の最初の2曲「スピーク・トゥ・ミー」と「生命の息吹」が流れる。63年生まれのヴァレがピンク・フロイドを聴き出したのは10歳のときで、それが原体験になっていることは、2本の映画を制作したCRAZY FILMSのクレジットに三角形のマークが添えられていることからも想像がつく。
ヴァレは音楽から様々なインスピレーションを得ることで神秘的なヴィジョンを切り拓く。『C.R.A.Z.Y.』では、ザックが合宿や北アフリカへの逃避行のなかで窮地に陥ると、その精神が実家の母親の精神と共鳴し、感覚を共有する。この『カフェ・ド・フロール』では、人間の内なる世界にさらに深く分け入り、異なる時代と場所を生きる主人公たちが、輪廻によって結ばれ、救いのない悲劇から和解へと導かれる。映画がケベック社会に根ざしていることは間違いないが、ヴァレはそれを内面的な次元でとらえ、より普遍的で深みのある世界を切り拓いている。 |