『羊たちの沈黙』(91年)の成功によって、監督ジョナサン・デミの名前は広く知られるようになった。筆者が、監督、というよりも人間デミにどのような魅力を感じているのかは、こんなエピソードを並べれば、おわかりいただけるだろう。
たとえば彼は、87年に採算度外視で『Haiti Dreams of Democracy』というハイチのドキュメンタリーを作っている。筆者は残念ながらこの作品を観たことがないが、その昔、彼に電話インタビューしたとき、彼はこの作品についてこんなふうに語っていた。
「ハイチの人々が民主主義を獲得するために、どれほど奮闘してきたのかということについて、アメリカ人のひとりひとりがもっと関心を持たなければいけないんだ。アメリカにも民主主義はあるけれど、それはお金や家を持っている人々のもので、
収入がない人や路上で生活している人たちにはあまり意味のないものなんだ」
また、これも87年のことだが、彼は南アのアパルトヘイトに反対する映画人の団体を組織し、アパルトヘイトが続くかぎり、南アでの映画の上映をやめるよう配給会社にせっせと働きかけていた。
あるいは、もっと新しいところでは、こんな話もあった。『羊たちの沈黙』の編集作業中に彼は、別の編集室で『ストレート・アウト・オブ・ブルックリン』の編集を進める19歳の黒人監督マティ・リッチと出会った。デミはリッチと親しくなり、
ポストプロダクションの資金調達が可能な会社を彼に紹介した。しかも、生まれたばかりの自分の子供に、この映画にちなんでブルックリン≠ニいう名前をつけたという。この超ヘビー級のメッセージを刻んだ映画にちなんだ名前を子供につけるあたりは、なんともこの人らしい。
デミは、ひと昔前までは、商業的な成功と縁のない監督としてけっこう有名だった。要するに、金はないが、理想をまっすぐに掲げ、信念を持って突き進んでしまうような熱血漢だったのだ。そんな熱血漢が、アカデミー監督賞に輝き、
一躍メジャーな存在になったらどんな作品を作るのかというのは、やっぱり気になるところである。
最新作の『フィラデルフィア』については、デミらしくないという意見も耳にしていた。しかし実際の映画は、一見するとエイズ問題を扱ったヒューマン・ドラマに見えながら、その向こうに彼ならではの主題が浮かび上がり、筆者はさらに彼にほれ込んでしまった。
デミは、多様なジャンルの映画を作っているが、一貫した主題を扱っている。彼が深いこだわりをもって描くのは、価値観や立場が対極にあるような人物たちが、奇妙なめぐり合わせでひとつの状況に押し込まれ、ひどい不協和音を奏でながらも力を合わせ、
苦境を乗り越えていくというドラマである。『サムシング・ワイルド』(88年)の保守的なヤッピーと奔放なはねっ返り娘、『愛されちゃってマフィア』(88年)のマフィアの未亡人とFBI捜査官、そして「羊たちの沈黙」のFBI女性訓練生とレクター博士の関係しかりである。
|