ペルディータ
Perdita Durango


1997年/スペイン=メキシコ/カラー/126分/シネマスコープ/ドルビーSRD
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(初出:「STUDIO VOICE」1999年、若干の加筆)

 

 

快楽を貪り、暴虐の限りを尽くす男女の純愛
あるいは、アメリカに飲み込まれるメキシコ

 

 いまやアメリカ文学界に独自の地位を築き上げた観のある作家バリー・ギフォード。彼が『ワイルド・アット・ハート』のカップルのその後を描いた『セイラーズ・ホリデイ』には、「気温59°、雨/ペルディータ・ドゥランゴの物語」という中編が収められている。

 ペルディータとは、映画版『ワイルド・アット・ハート』でイザベラ・ロッセリーニが演じていたあの妖しく危険な女であり、このキャラクターが気に入ったギフォードは、彼女を主人公にしてこの中編を書いた。アレックス・デ・ラ・イグレシア監督の『ペルディータ』は、その中編を映画化した作品だ。

 この映画でまず注目したいのは、原作者ギフォードと監督であるスペイン映画界の異才イグレシアの顔合わせだ。ギフォードと映画といえば、すぐにデイヴィッド・リンチの名前が出てくるが、筆者は、彼らの感性には明らかに異質な部分があると思う。

 リンチの特異な感性が常に人間の内面へと向かい、世界との不可解な繋がりを描きだすのに対して、ギフォードは政治、宗教、文化的な土壌などの具体的な要素を大胆に作品に取り込み、アメリカを挑発しようとする。その違いは『Night People』『Arise and Walk』『Baby Cat-Face』といった『セイラーズ・ホリデイ』以後の作品で際立っている。

 南部を舞台とするこれらの小説には、キリスト教原理主義や様々な新興宗教、人種差別、レイプや幼児虐待、エイズ、フェミニズム、貧困などが盛り込まれ、そんな社会のなかで登場人物たちは妄執や狂信にとらわれ、皮肉で奇妙なドラマを繰り広げる。

 前科者のふたりの女たちは、女のキリストを信奉し、男たちを儀式の生け贄にすることによって魂を男の世界から解放しようとする。妊娠中絶医(abortionist)の女は、19世紀の奴隷制廃止論者(abolitionist)に傾倒し、彼に抱かれる幻想に浸る。生活苦のために売られたメキシコ人の少女は、予知能力があることに気づき、やがてアメリカ人にも崇拝されるテレビ伝道師となる。州知事の椅子を狙う御曹司は、その伝道師を抱き込もうとする。

 映画『手錠のままの脱出』の主人公を気取って脱獄した白人と黒人のコンビは、お互いが属している教団や組織の指導者を交換殺人で消すことを企み、聖母マリア・レイプ相談センターの一員となった娘は、レイプで逮捕された兄に銃弾で私的な裁きを加える。

 登場人物たちのこうした妄執や狂信は世界を侵蝕し、その基盤を揺るがし、読者に奇妙な覚醒をうながす。そして、イグレシア監督の前作『ビースト 獣の日』にもまったく同じことがいえる。

 黙示録を解読し、反キリストの誕生を阻止しようとするカトリックの神父は、悪魔に出会うために悪事を重ね、デスメタルにメッセージを求め、テレビのオカルト番組のホストとして人気の自称予言者に無理やり協力を求める。巷には“マドリッド浄化”と称して殺戮を繰り広げる狂信者集団やノストラダムスの予言を信奉する教団が跳梁しているが、この神父の妄執はそれを凌駕し世界を侵蝕し、結果的に黙示録的なヴィジョンすら消費し尽くす社会を痛烈に風刺する。

 そんな作家と監督が手を組んでしまうのだから、この『ペルディータ』が面白くないはずはない。イグレシアは、原作以上にアメリカとメキシコの境界にこだわり、主人公のカップルにとりつく妄執や狂信を、強烈なイメージ、色彩、音楽で浮き彫りにしていく。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   アレックス・デ・ラ・イグレシア
Alex de la Iglesia
脚本 バリー・ギフォード、ホルヘ・ゲリカエチャバリア、ダビド・トルエバ
Barry Gifford, Jorge Guerricaechevarria, David Trueba
原作 バリー・ギフォード
Barry Gifford
撮影 フラビオ・メテネス・ラビアノ
Flavio Martinez Labiano
編集 テレサ・フォント
Teresa Font
音楽 サイモン・ボスウェル
Simon Boswell
 
◆キャスト◆
 
ペルディータ・ドゥランゴ   ロージー・ペレス
Halle Berry
ロメオ・ドロローサ ハビエル・バルデム
Javier Bardem
ドゥエイン ハーレイ・クロス
Harley Cross
エステル エーメ・グラハヌ
Aimee Graham
ウディ・デュマス ジェームズ・ガンドルフィーニ
James Gandolfini
アドルフォ スクリーミン・ジェイ・ホーキンズ
Screamin’ Jay Hawkins
カタリーナ デミアン・ビチル
Damian Bichir
レジー カルロス・バルデム
Carlos Bardem
ショーティ・ディー サンチャゴ・セグラ
Santiago Segura
フォード ハリー・ポーター
Harry Porter
フィリップ カルロス・アラウ
Carlos Arau
サントス ドン・ストラウド
Don Stroud
ドイル アレックス・コックス
Alex Cox
-
(配給:日本ヘラルド)
 

 テキサス人とメキシコ人の血を引くペルディータは、彼女と双子の姉妹の一家に起こった血みどろの悲劇を過去へと葬り、“人生で最大の楽しみはファックと殺し”を信条として、快楽を貪り、危険を招き寄せる。彼女の相棒となるロメオ・ドロローサはまさにセクシーで貪欲な野獣だ。彼は、ヴードゥーの儀式の見世物や銀行強盗で稼いでいる。その儀式では、墓地から運び出した死体の心臓を抉りだし、血を浴びて恍惚に浸り、強盗では平気で仲間を裏切り、金を一人占めにする。

 そんなカップルがたどる運命には、アメリカとメキシコが常に影を落とす。彼らは、儀式の生け贄を求めて白人の若いカップルを拉致し、さんざん弄び、恐怖のどん底に陥れる。イグレシアは、アメリカの典型的な中流家庭で何不自由なく育ったこの白人カップルと主人公たちの現実の違いをとことん風刺する。

 しかしアメリカに憎しみをぶつける彼らも、大金を手にするためには、そこに取り込まれるしかない。ロメオは、密かに化粧品の原料に使われる胎児の死体を、冷凍トラックでヴェガスまで運ぶ危険な仕事を請け負う。だが、このヴェガスの旅には、実はロメオの妄執が秘められている。彼の脳裏には子供の頃に故郷のカリブの島で観た『ヴェラクルス』が焼きついている。あのバート・ランカスターの死に様にとりつかれているのだ。

 そして、そんな妄執が世界を侵蝕するとき、金と欲望を象徴するヴェガスのどぎついネオンと主人公たちの純愛が鮮烈なコントラストを描き、思わず泣けてくる。いや、泣いてばかりもいられない。この映画にアレックス・コックスが出演してからというわけでもないが、ラストの切なさには『シド・アンド・ナンシー』に通じるものがある。

 コックスは、シドの物語とサッチャリズムの時代を巧みに結びつけ、純愛の向こうにアメリカに飲み込まれていくイギリスの姿を描き出した。『ペルディータ』でも、純愛の向こうにNAFTA(北米自由貿易協定)によってアメリカに飲み込まれていくメキシコの姿を見ることができる。


(upload:2010/09/27)
 
 
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