第16章 揺らぐ50年代のイメージ

ブルー・ベルベット/Blue Velvet―――――――1986年/アメリカ/カラー/121分/シネスコ/ドルビー
ペアレンツ/Parents――――――――――――1988年/アメリカ/カラー/83分/ヴィスタ/ドルビー
ワイルド・アット・ハート/Wild at Heart―――――1990年/アメリカ/カラー/124分/シネスコ/ドルビーSR
クライ・ベイビー/Cry-Baby―――――――――1990年/アメリカ/カラー/86分/ヴィスタ/ドルビー
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(初出:東京書籍刊『サバービアの憂鬱』、1993年、若干の加筆)
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■■内面の暗闇への入り口としてのフィルム・ノワール■■

 デイヴィッド・リンチとジョン・ウォーターズがともに1946年生まれであることはすでに触れた通りだが、このふたりが同じ90年に『ワイルド・アット・ハート』と『クライ・ベイビー』というそれぞれに50年代と深い関わりを持った作品を発表しているのは、とても興味深いことのように思える。

 『ワイルド・アット・ハート』には、セックスと暴力に彩られたセイラーとルーラという若い男女の危険な逃避行が描かれているが、物語が進むに従って、彼らが彷徨うのは、欲望や衝動が渦巻く人間の内面の暗闇のようにも思えてくる。それはもちろん、マッチや煙草の象徴的なクローズアップやセックスと暴力を際立たせる強烈な色彩、狂気をはらんだ登場人物などによるところが大きい。

 しかし、もう一方で、50年代的な要素が、暗闇を覗き込むための窓ででもあるかのように、キャラクターや設定の枠組みとなっているのを見逃すことはできない。

 たとえば、音楽の使い方だ。セイラーとルーラの関係は、セイラーが熱唱する<ラブ・ミー>と<ラブ・ミー・テンダー>という二曲のプレスリー・ナンバーに表れているように、情熱的であり、また、親の影におびえたり、妊娠の事実に心が揺れるというように、稚拙でナイーブでもある。しかし、そんな彼らは、50年代のイメージを突き破るような現代のメタル・サウンドに挑発されるように、向こう側の闇の世界へと突き進んでいく。




―ワイルド・アット・ハート―


◆スタッフ◆

監督/脚本   デイヴィッド・リンチ
David Lynch
原作 バリー・ギフォード
Barry Gifford
撮影 フレデリック・エルムス
Frederick Elmes
編集 ドゥエイン・ダンハム
Duwayne Dunham
音楽 アンジェロ・バダラメンティ
Angelo Badalamenti

◆キャスト◆

セイラー・リプリー.   ニコラス・ケイジ
Nicolas Cage
ルーラ・ペース・フォーチューン ローラ・ダーン
Laura Dern
マリエッタ・フォーチューン ダイアン・ラッド
Diane Ladd
ボビー・ペルー ウィレム・デフォー
Willem Dafoe
ペルディタ・デュランゴ イザベラ・ロッセリーニ
Isabella Rossellini
ジョン・ファラガット ハリー・ディーン・スタントン
Harry Dean Stanton

(配給:KUZUIエンタープライズ)
 
 
 


 あるいは、ふたりの関係に影を落とすルーラの母親の秘密にも同じことがいえる。彼女はかつて、情夫と結託し、夫を火災による焼死と見せかけて殺害している。それから、かつてルーラを犯した男が自動車事故で謎の死を遂げたエピソードが、断崖から転落するクルマの映像とともに盛り込まれる。こうした物語の伏線や映像のイメージは、現代的というよりも、明らかに40年代後半から50年代にかけて数多く作られたフィルム・ノワールの世界を連想させる。

 リンチは、映画雑誌「ニュー・フリックス」(1990年8月号)のインタビューのなかで、50年代についてこんなふうに語っている。

「個人的な考えですが、私たちの人生のある時期に突然、自分のマインドのドアがどこかに通じて開かれ、そこから来るすべてのものをなんの抵抗もなくフリーに受け入れてしまうといったことがあるように感じられ、わたしのその小さなドアは間違いなく50年代に通じているのだと思います。50年代という時代のムードや雰囲気、センスなどが好きです。アメリカでは映画産業が華やかで、当時の映画は今では決して真似のできない独特のムードを持っていました。わたしは、今でもその時代の映画をみにいっては、その時代の持つ雰囲気、そしてあの時代の人々と一緒にいるムードを味わうのです」

 ところで、なぜフィルム・ノワールの作品が、40年代後半から50年代にかけて量産され、スタイルとジャンルを作り上げていったのか。ここで、そのことを振り返っておくのも、無駄ではないだろう。この時期は、いうまでもなく中流が急増した時期であり、彼らのモラルが作り上げられた時期でもある。郊外生活は一見、楽天的に見えるが、その背後には、政治的な抑圧があった。そして、平穏な生活のなかで気づかぬうちに浸透する上からのモラルの締め付けに対し、人々の潜在的な願望が、フィルム・ノワールという映画のダークサイドを作り上げていった。ハードボイルド作家ミッキー・スピレインが、挑発的なセックスと暴力の描写によって、聖書に負けないくらいの広範な読者を獲得したのもこの時代のことである。そして、当時の教育機関や教会組織が、モラルを押し付けようとすればするほど、このダークサイドへの欲望も肥大化していった。ちなみに、『ワイルド・アット・ハート』の原作者バリー・ギフォードは、フィルム・ノワールを題材にした『The Devil Thumbs a Ride and Other Unforgettable Films』を書いてもいる。

 フィルム・ノワールのイメージは、50年代のもうひとつの顔ともいえるわけだが、リンチが、そうしたイメージに引かれたとしても不思議はない。フィルム・ノワールの世界では、平穏な日常を揺るがすような事件が起こる。しかも、厳しい検閲があったために、モラルに反する行為は、リンチが好むような象徴的なイメージで描かれているのだから。

 映画『ワイルド・アット・ハート』では、そうしたフィルム・ノワールのイメージが、主人公となる男女の逃避行の背景となり、向こう側を覗きこむかのような眼差しがさらに強調されている。その眼差しの先には、たとえば、ボブ・ラフェルソン監督の『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(81年)のように、当時のフィルム・ノワールをリメイクして、直接的な表現で描くような作品とはまったく異質な世界が広がっている。映画の世界では、直接的な表現が自由になったが、リンチは、映画の世界でも影の領域が隅に追いやられるような時代だからこそ、暗闇に強く引かれるのかもしれない。

 

■■サバービア VS 『オズの魔法使』■■

 それでは、ウォーターズの『クライ・ベイビー』はといえば、舞台は例によってウォーターズの故郷ボルティモアで、時代背景は1954年という明確な設定がある。物語は、不良グループ“ドレイプス”と山の手のお金持ちグループ“スクエアズ”の争いに、階層の違う男女のラブ・ストーリーが絡むというように、通俗的な展開をみせるが、50年代のふたつのイメージが、ウォーターズ流のユーモアでカリカチュアされているところに、まず興味をそそられる。

 この映画のヒロイン、アリスンは、山の手育ちの娘で、彼女の育ての親である婦人は、いわばこの町のモラルの鏡のような存在である。彼女は、社交スクールを開いて、ティーンの健全な育成に尽力している。そのスクールにおけるタレント・ショーの挨拶で、彼女は、ティーンに向かって4つのBを強調する。それは、気品(Beauty)、教養(Brain)、作法(Breeding)、奉仕(Bounty)である。一方、ティーンの溜まり場になっている娯楽施設には、キリスト教の伝道師がやって来て、説教をしている。54年といえば、ウォーターズはまだ8歳で、こうした世相のなかで、郊外生活を送っていたわけだ。

 そして、そんな彼が密かに憧れていたのが、ドレイプスのような不良グループ、そして、彼らのリーダーであるクライ・ベイビーのような存在だったのだろう。この50年代のロックンロール・ヒーローを取り巻いているのは、早くも妊娠して生まれてくる子供に胸をときめかせている妹のペッパー、元ポルノ女優のトレイシー・ローズ扮するまだヴァージンのワンダ、イギー・ポップ扮するかなりいかれたおじさんといった連中である。そして、あちらが4つのBなら、こちらはABCである。クライ・ベイビーの父親は、ABC順に、空港(Airport)、床屋(Barber)、洗車場(Carwash)、ドラッグストアなどを爆破しつづけた事件の犯人なのだ。

 この映画は、50年代の雰囲気を盛り上げるロックンロール・ナンバーにのって、エルヴィスの『監獄ロック』や『理由なき反抗』のチキン・レースなどもカリカチュアしつつ、明るくファンキーなコメディとして突っ走っていく。しかしながら、この50年代のドラマが明るければ明るいほど、どこか奇妙な世界に見えてくるところに、ウォーターズの悪意を感じとることができる。

 『クライ・ベイビー』と『ワイルド・アット・ハート』は、スタイルやセンスはかけ離れているように見えるが、その根底では、ある意味で特異ともいえるこの50年代という時代に対するスタンスを共有している。この二本の映画はどちらも、50年代的なヒップスターを主人公にし、クルマとロックンロールにのった情熱的なラブ・ストーリーを過剰なタッチで押し出しながら、50年代の世界に対してそれぞれに異質な光をあてるブラック・コメディになっているからだ。

 そして、二本の映画でもうひとつ印象に残るのが、『オズの魔法使』である。『ワイルド・アット・ハート』では、ルーラの台詞に『オズの魔法使』が引用され、最後に釈放されて自由の身となったセイラーは、"魔法使"に導かれるようにルーラのもとに帰っていく。一方、『クライ・ベイビー』では、終盤近くに、"魔法の森"と呼ばれるテーマ・パークが登場する。町にオープンしたばかりのそのテーマ・パークは、ドレイプスの面々がスクエアズからヒロインを取り戻す舞台となる。ヒロインのアリスンは、「いっしょに郊外で暮らそう」というスクエアズのリーダーの求愛を蹴って、クライ・ベイビーのもとに走る。『ワイルド・アット・ハート』で、魔法使が、ヒップスターとヒロインを結びつけたように、この映画でも、魔法の森がふたりを結びつけるのだ。

 少年時代のリンチとウォーターズにとって、異世界への入り口となったであろう『オズの魔法使』は、いまも彼らのインスピレーションの源になっているのだ。


 
―クライ・ベイビー―

◆スタッフ◆

監督/脚本   ジョン・ウォーターズ
John Waters
撮影 デイヴィッド・インスレー
David Insley
編集 ジャニス・ハンプトン
Janice Hampton
音楽 パトリック・ウィリアムズ
Patrick Williams

◆キャスト◆

クライ・ベイビー.   ジョニー・デップ
Johnny Depp
アリスン エイミー・ロケイン
Amy Locane
ラモーナ スーザン・ティレル
Susan Tyrrell
アリスンの祖母 ポリー・バーゲン
Polly Bergen
ベルおじさん イギー・ポップ
Iggy Pop
ペッパー リッキー・レイク
Ricki Lake
ワンダ トレイシー・ローズ
Traci Lords
看守 ウィレム・デフォー
Willem Defoe

(配給:ヘラルド)
 



《参照/引用文献》
“The Rolling Stone Interview with David Lynch” by David Breskin●
Rolling Stone, September 6th 1990
“New Flix Interview Specian : David Lynch” by Yukari Hirai●
「ニュー・フリックス」1990年8月号

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(upload:2006/06/17)
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《関連リンク》
サバービアの憂鬱 第17章 戦争が終わり、世界の終わりが始まった ■

 

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