[ストーリー] 48歳のトマ・ヴェルニアは、妻とふたりの娘とパリに暮らす漫画家だ。彼は地方の書店で営業を終えた帰りに電車を乗り間違え、なりゆきで故郷の田舎町を訪れる。久しぶりに母親の墓参りをした彼は、そこで気を失い、意識を取り戻すと1960年代、14歳の自分に戻っている。
そんなトマは、戸惑いながらも家に戻り、両親と妹と対面し、家族に溶け込んでいく。そして自分が戻ったのが、父親が失踪する数日前であることに気づく。彼は運命の日までの残された時間のなかで、なんとか父親が家族を捨てる理由を探り出そうとするが――。
『遥かな町へ』(10)は、谷口ジローの原作を『やわらかい手』(07)のサム・ガルバルスキ監督が映画化した味わい深い作品だ。物語の設定から、最初は過去に戻ったトマが、父親の失踪を阻止することができるかどうかが見所になるように見えるが、後から振り返ってみると、それは必ずしも重要ではないことがわかる。
書店での営業のさなかに物思いに耽るトマは、仕事に行き詰まり、人生に疲れ、このままどこかに行ってしまえたらなどと密かに考えているようにも見える。それは父親の失踪と必ずしも無関係ではない。かつて父親が失踪したのは、父親が40歳の誕生日を迎えた日だった。48歳になっているトマは、そんな辛い過去をただ封印するだけで、清算していないことが次第に重荷になりつつある。
だから、故郷に(そして過去に)戻ることは偶然であると同時に必然でもある。この映画でなによりも重要なのは、心に葛藤を抱えている父親を、14歳ではなく、経験を積み、同じように葛藤を抱えた40代の視点で見つめられることだ。トマは密かに父親を尾行し、その秘密の片鱗に触れることで、自分自身を見直すことになる。そして、48歳に戻ったとき、同じ風景が違って見えてくる。
中年になって、人生の危機に直面したとき、誰もがなんらかのかたちで過去に立ち返り、自分を見つめ直す必要に迫られる。この映画は、そんな人生の分岐点を象徴的に描いている。 |