レイ・マイ・ヘッド / スカーレット・ヨハンソン
Anywhere I Lay My Head / Scarlett Johansson (2008)


 
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(初出:「CDジャーナル」2008年7月号)

夢の世界のようなシュールでタイムレスな音の空間

 ハリウッドでいま最も輝きを放ち、ウディ・アレン作品の新たなミューズとしても注目される女優スカーレット・ヨハンソン。彼女がデヴィッド・シーテック(TV On The Radio)のプロデュースで作り上げたファースト・アルバムは、トム・ウェイツのカヴァー集であり、『プレステージ』で共演したデヴィッド・ボウイも2曲に参加している。それだけでも大きな注目を集めることは間違いないが、このアルバムは決して話題性だけではない。女優や歌手という枠組みに縛られることなく、自分を表現しようとする姿勢が見えるオリジナリティを持った作品になっている。

 ヨハンソンが求めているものは、彼女の個性や存在が際立つ映画から察することができる。ダニエル・クロウズのグラフィック・ノヴェルをもとに、サバービアの閉塞感を鮮やかに描き出したテリー・ツワイゴフの『ゴーストワールド』、東京を舞台にグローバリゼーションの時代が見えてくるソフィア・コッポラの『ロスト・イン・トランスレーション』、フェルメールという画家の世界を、できるだけ台詞に頼らず映像で表現しようとしたピーター・ウェーバーの『真珠の耳飾りの少女』。設定やスタイルはまったく違うが、どれもインディペンデントな作品ならではの自由な発想や表現がある。

 このファースト・アルバムにおけるヨハンソンとシーテックのコラボレーションも、そうした作品に通じている。だから、これまで作られてきたウェイツのカヴァー集とは、オリジナルに対するアプローチに大きな違いがある。たとえば、ホリー・コール・トリオの『テンプテーション』はジャズを、ジョン・ハモンドの『Wicked Grin』はブルースを、ノルウェーのHell Blues Choirの『Greetings from Hell』は、歌とコーラスを基調としていた。ヨハンソンとシーテックの場合は、ジャンルやスタイルとは異なる次元でオリジナルを様々にアレンジし、新しい世界を作り上げている。

 独特の雰囲気を醸しだすその重層的なサウンドは、コクトー・ツインズやマリアンヌ・フェイスフル、ジュリー・クルーズなどを連想させる。映像の世界で活動してきたヨハンソンと、写真や絵画の分野で活動するヴィジュアル・アーティストでもあるシーテックは、ウェイツの音楽から広がる視覚的な世界を意識し、独自のヴィジョンを切り開き、それを音楽に翻訳している。

 そんなヴィジョンの鍵を握るのは、“夢”だといってよいだろう。彼らはウェイツの『アリス』から<フォーン>と<ノー・ワン・ノウズ・アイム・ゴーン>の2曲を取り上げているが、このアルバムにはその夢のヒントがあるように思える。

 『アリス』のもとになっているのは、前衛的な舞台演出家ロバート・ウィルソンのミュージカル劇だ。ウィルソンは、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』を下敷きにしてこの劇を作り、ウェイツとパートナーのキャスリーン・ブレナンがその音楽を手がけた。

 ヨハンソンのアルバムのジャケットは、草の上に横たわって眠り込んでいる彼女を、穴のなかから覗き見る構図になっている。それはまるでアリスだが、このアルバムでヨハンソンがアリスを演じているわけではない。肝心なのは夢の世界だ。<ノー・ワン・ノウズ・アイム・ゴーン>の歌詞から浮かび上がるのは、頭上に地獄があり、足元に天国がある世界だ。このアルバムには、そんなあべこべの関係から生まれる浮遊感やユーモアが散りばめられている。


◆Jacket◆
◆Track listing◆

01.   フォーン
Fawn
02. 活気のない町
Town With No Cheer
03. フォーリン・ダウン
Falling Down
04. レイ・マイ・ヘッド
Anywhere I Lay My Head
05. ファニン・ストリート
Fannin Street
06. ソング・フォー・ジョー
Song For Jo
07. グリーン・グラス
Green Grass
08. 想い出のニューオリンズ
I Wish I Was In New Orleans
09. 大人になんかなるものか
I Don't Wanna Grow Up
10. ノー・ワン・ノウズ・アイム・ゴーン
No One Knows I'm Gone
11. フー・アー・ユー
Who Are You
12. 昨日が戻るまで*Bonus Track
Yesterday Is Here
 
◆Personnel◆

Scarlett Johansson (vocal), David Andrew Sitek (guitar, sampler, drum machine, synth, drums, acoustic guitar, kalimba, vocal), Sean Antanaitis (organ, wind chimes, tambourine, jingle bells, pump organ, electric piano, vibes, synth, bass, edals, bowls, guitorgan, banjo, piano, guitar, kalimba, acoustic guitar, music box), Ryan Sawyer (drums, tibetan bowls, dog bowl, tambourine, bowed vibes, bowed cymbal, toms, jingle bells, bells, snare drum, nigerian logs), David Bowie (vocal), etc

(Warner Music Japan )
 

 インストゥルメンタルの<フォーン>は、『アリス』ではエピローグを飾り、しみじみとした曲調が夢の終わりを告げるが、このアルバムでは逆にプロローグを飾り、穏やかなオルガンのメロディを、うなりを上げるブラスが飲み込んでいくことによって、夢のはじまりを告げる。また、アルバム全般に渡って、風変わりな楽器の組み合わせが印象に残る。様々なタイプのオルガンが多用され、教会音楽のような響きを奏でるかと思うと、そこにバンジョーやスライドギターが絡んだり、ドラムマシンが重ねられる。

 そしてもうひとつ、タンバリンやベル、トライアングル、カリンバ、ヴィブラフォンといった楽器の使い方も見逃せない。それらの響きは各曲のアクセントになっているだけではなく、曲を越えた繋がりを持ち、アンビエントな空間を形作っていく。このアルバムには、多様な楽器を緻密に組み合わせた重層的な曲から、オルゴールの音だけを伴奏にした<想い出のニューオリンズ>や80年代のシンセポップを思わせる<大人になんかなるものか>まで、様々なタイプの曲が収められているが、それでも統一性を感じるのは、アンビエントな空間によるところが大きい。

 ヨハンソンは、曲のタイプとウェイツの歌詞の世界にあわせて、役を演じ分けるように明確に声や歌い方を変え、夢の空間に溶け込んでいく。ウェイツのファンのなかには、女性がカヴァーすることを不自然に思う人もいるかもしれないが、彼の楽曲のなかには、女性の視点で描かれていたり、視点を女性に変えても成り立つものがある。ウェイツ・ファンのヨハンソンは、当然それを意識しているだろう。たとえば、モデルや女優として活動したこともあるブラジル人のシンガー、シベーリがカヴァーしてヒットした<グリーン・グラス>や、歌詞が非常に曖昧で、評論家のケン・ブルックスが女性の視点と解釈している<フー・アー・ユー>などをセレクトしているところに、それが表れている。

 ヨハンソンが夢のなかを彷徨うこのアルバムは、ウェイツの世界とかけ離れているようでいて、しっかりと結びついている。ウェイツは、時代の潮流とは一線を画すシュールでタイムレスな音楽と物語の空間を切り開いてきた。ヨハンソンとシーテックのコンビも、このアルバムで夢を鍵にすることによって、まさにシュールでタイムレスな空間を切り開いている。


(upload:2009/05/21)
 
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