イズ・ザット・ユー? / ビル・フリゼル

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(初出:ビル・フリゼル「イズ・ザット・ユー?」ライナーノーツ、1990年)

 ビル・フリゼルは、ジャンルを問わず現代の音楽シーンの先端にあって最も注目すべきギタリストのひとりである。とにかく、ここ数年のフリゼルの活動ぶりは、 カヴァーしてしまうフィールドの広さといい、どんなシチュエーションにあっても個性を発揮してしまう独創性といい、 リーダー作において常に新たな試みにチャレンジする姿勢といい、様々な意味で際立っている。

 たとえば、マーク・ジョンソンの“ベース・デザイアーズ”やロナルド・シャノン・ジャクソン、メルヴィン・ギブスとのユニット“パワー・トゥールズ”。 アリアンヌ・フェイスフルのアルバムやギャヴィン・フライデー&ザ・マン・シーザーの「ギャヴィン・フライデーの世界」。この後者では、マーク・リボとフリゼルのツイン・ギターに、 フリゼルのレギュラー・バンドのチェロ奏者ハンク・ロバーツも参加し、キャバレーとかレヴューの雰囲気を濃密に漂わせる演奏を繰り広げている。 そして、これも大好きなアルバムなのだが、ブラジル音楽のカリスマ、カエターノ・ヴェローゾの「エストランジェイロ」にも2曲だけフリゼルが参加している。

 そしてもちろん、「コブラ」「スピレーン」「ニュース・フォー・ルル」「ネイキッド・シティ」といったジョン・ゾーンの作品。 特に、複雑な構造と挑発的な速度を共有しつつジャズ、フリー、映画音楽、ロック、パンク、ハードコアなどあらゆるジャンルを越境する「ネイキッド・シティ」におけるフリゼルの変幻自在なプレーは強く印象に残る。 あるいは、年代は少し遡ってしまうが、いまではリヴィング・カラーのリーダーとして以前にも増して大きな注目を集めるヴァーノン・リードとフリゼルのデュオ「SMASH&SCATTERATION」も野心的で魅力的な作品だった。

 そんなフリゼルの活動を振り返ってみて、注目しておきたいことがふたつある。

 ひとつは、彼が、特にこの数年の間に特定のミュージシャン/プロデューサーと緊密な関係を作り上げ、そのネットワークのなかで自己の音楽性を拡張しているのが見えてくるはずだ。 たとえば、先述したカエターノのアルバムをプロデュースしているのは、アート・リンゼイとピーター・シェラーのアンビシャス・ラヴァーズ・コンビで、このふたりはフリゼルの前作「ビフォー・ウイ・ワー・ボーン」でも重要な役割を果たしている。

 それから、ジョン・ゾーンやネイキッド・シティのメンバーたち。このアルバムのプロデュースにあたっているのは、そのメンバーのひとり、ウェイン・ホーヴィッツである。それから、フリゼルが参加したフェイスフルやギャヴィン・フライデー、 アレン・ギンズバーグのアルバムのプロデュースにあたっているのは、セロニアス・モンクやクルト・ワイルを題材にしたコンピレーション・アルバムで注目を集めたハル・ウィルナーである。こうしたネットワークが、 フリゼルの音楽を面白くしている一因になっているわけだ。

 もうひとつ触れておきたいのは、フリゼルの場合には、ギタリストとのコラボレーションがとても多いということだ。先に上げたアルバムだけでも、ジョン・スコフィールド、マーク・リボ、アート・リンゼイ、 ヴァーノン・リードといった個性的なギタリストたちと、単なる顔合わせではないコラボレーションを展開していることになる。

 このことは、フリゼルのユニークな資質を物語っている。 彼は、ギターシンセ、ディレイ、ディストーション、リバーブ・ユニットなどのエフェクター類を駆使し、非ギタリスト的なアプローチを自由に試みる。 だから、ギタリスト同士のコラボレーションでありながら、意外なサウンドが広がっていくことになるのである。

 彼がなぜ非ギタリスト的なプレイを試みるのかは、プロフィールを振り返ってみるとよくわかってくる。

 ビル・フリゼルは、コロラド州デンヴァーの出身。そのデンヴァーで先生についてギターを習いだすまでは、ブルースやポップスばかり聴いていて、先生に薦められてからジャズを聴くようになった。 彼はそのギターの先生からジム・ホールを紹介される。ちなみに、フリゼルのギター・ヒーローは、ジム・ホール、ウェス・モンゴメリー、そしてジミ・ヘンドリクスだという。

 



 ジム・ホールは彼に、 バッハのヴァイオリン・ソナタやパルティータを演奏させ、ハーモニーやメロディの分析をしてみせたり、あるいは、音数を減らして、不協和音を使う非ギタリスト的なヴォイシングの方法を示した。 こうしたジム・ホールの影響が、フリゼルのなかでどのように発展してきているのかは、ゾーン/フリゼル/ジョージ・ルイスの「ニュース・フォー・ルル」を聴いてみれば、納得がいくことだろう。

 キャリアの話をつづけると、フリゼルはさらに技術を磨くために、70年代後半にバークリー音楽院で学ぶ。そして、バークリーで教鞭をとっていたマイケル・ギブスがフリゼルとECMレーベルの橋渡しをし、 フリゼルは、エバーハルト・ウェーバーのレコーディングに参加することになる。この時期に、フリゼルが知り合ったミュージシャンのなかで、彼の音楽性を伸ばす役割を果たしたのは、ドラマーのポール・モチアンだろう。 モチアンのバンドに参加したフリゼルは、「自分がやりたいと思っていることを何でも試みる自由があったし、たくさんの空間が与えられていた」と語っている。

 また、フリゼルのサウンドを特徴づけている要素のひとつであるヴォリューム・ペダルとの関係についても触れておきたい。彼はその関係について興味深い話をしている。 「ぼくはすごく若い頃にクラリネットを始めて、長いあいだクラリネットが自分の楽器だった。だから管楽器の演奏が、ぼくのサウンドの探求に影響を与えているんだ。 ヴォリューム・ペダルは、ひとつひとつの音のアタックとかフレーズの強弱に対して、管楽器の場合のブレスと同じようなコントロールができるんだ」。この発言から、 彼の演奏が時として非常に管楽器的に聞こえることも納得がいくことだろう。

 そこでフリゼルのリーダー作だが、特に成長が著しいのは、彼のレギュラー・バンドのレコーディングになるECMの「ルックアルト・フォー・ホープ」から、 ELEKTRA/MUSICIANに移った「ビフォー・ウイ・ワー・ボーン」、そして、この新作への流れだろう。

 「ルックアウト〜」は、フリゼル、チェロのハンク・ロバーツ、ベースのカーミット・ドリスコル、ドラムスのジョーイ・バロンというちょっと変則的な編成で、これがフリゼルのレギュラー・バンドである。 内容は、ラルフ・タウナー風から、ミニマル風、独特の浮遊感のなかにアメリカン・フレイヴァーが浮かび上がってくるような曲まで、一曲一曲の音色、スタイルが変化し、しかも非常にスポンテニアスなグループ表現にまとめあげられている。 フリゼルのオリジナル以外に一曲、モンクの<ハッケンサック>が取り上げられているのも注目である。

 つづく「ビフォー・ウイ・ワー・ボーン」では、曲によって、ジョン・ゾーン、アート・リンゼイとピーター・シェラーのコンビがアレンジを手がけ、編成も、レギュラー・バンドにサックス・セクションを加えたもの、 あるいは、アートとピーターが参加しているものなど、工夫がこらされ、作曲や曲の構造に対するフリゼルの関心が滲み出た実に野心的なアルバムになっている。

 そしてこの「イズ・ザット・ユー?」である。メンバーは、フリゼル、ウェイン・ホロヴィッツ、ジョーイ・バロンというジョン・ゾーンのネイキッド・シティとダブるトリオ編成で、2曲にチューバ、1曲にベースが加わり、 ホロヴィッツがプロデュースにあたっている。前作が、ジョン・ゾーンやアート・リンゼイという異質な音楽性を外から内に引き込むことによって前進を試みるアルバムとするならば、こちらは、フリゼルが徹底的に自己の内側にこだわり、 それを引き出そうとするアルバムだといえる。

 先にフリゼルは、ギタリストとのコラボレーションが多く、それが彼の資質と結びついていると書いたが、そういう意味では、このアルバムはフリゼルとフリゼルのコラボレーションといってもいいだろう。 彼はこのアルバムでは、エレクトロニクスを駆使したギター類、バンジョーの他に、ベース、ウクレレ、クラリネットなども演奏し、多重録音によって、緻密で多様な音作りをしている。

 ちなみにこのアルバムには、フリゼルのオリジナル以外の曲が3曲含まれている。?は、ドン・コヴェイの作品で、アレサ・フランクリンのヒットでよく知られるナンバー。いきなりフリゼルが取り上げると意外な気もするが、 彼のあの妙に艶っぽい音色、ライン、ハーモニーできめられると異様にかっこよく聞こえる。?は、ブレイク・エドワーズ監督の映画「酒とバラの日々」のテーマで、作者はもちろんヘンリー・マンシーニ。 何かジョン・ゾーンの趣味が伝染したかにも見えるが、フリゼルは、マンシーニの曲が持つ解釈の許容量の広さを生かした演奏をしている。そして?は、ウェイン・ホロヴィッツの曲である。

 このアルバムは、フリゼルのようなギタリストであれば必ず作りたくなるようなアルバムであり、もちろん、フリゼルでなければ作ることができないアルバムなのである。


※フリゼルのプロフィールについては、「ダウンビート」誌84年2月号を参照しました。
 
 
《関連リンク》
ビフォー・ウイ・ワー・ボーン』 レビュー ■
『ディス・ニュー・ジェネレーション』 レビュー ■
ジョン・ゾーン・インタビュー ■

 
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