ビフォア・ウィ・ワー・ボーン / ビル・フリゼル

line
(初出:ビル・フリゼル「ビフォア・ウィ・ワー・ボーン」ライナーノーツ、1991年)

 発売の順序は逆になったが、ビル・フリゼルの新作「イズ・ザット・ユー?」につづいて、その前作にあたる「ビフォア・ウィ・ワー・ボーン」が日本発売されることになった。

 昨年(1989年)12月のネイキッド・シティのメンバーとしての来日や今年2月のトーキョー・ミュージック・ジョイにレギューラー・バンドで来日するなど、 これまでどちらかといえば過小評価されていたように思えるフリゼルの存在が着実に浮上してきているようだ。

 ビル・フリゼルは現代の音楽シーンの先端になって、最も注目すべきギタリストのひとりである。これは「イズ・ザット・ユー?」のライナーノーツにも書いたことだが、 ここ数年のフリゼルの活動ぶりは、カヴァーしてしまうフィールドの広さといい、どんなシチュエーションにあっても個性を発揮してしまう独創性といい、 常に新たな試みにチャレンジするリーダー作といい、様々な意味で際立っている。

 たとえば、マーク・ジョンソンの“ベース・デザイアーズ”やロナルド・シャノン・ジャクソン、メルヴィン・ギブスとのユニット“パワー・トゥールズ”。 アリアンヌ・フェイスフルのアルバムやギャヴィン・フライデー&ザ・マン・シーザーの「ギャヴィン・フライデーの世界」、あるいは、ビート詩人アレン・ギンズバーグの「The Lion For Real」に、 カエターノ・ヴェローゾの「エストランジェイロ」。そしてもちろん、「コブラ」「スピレーン」「ニュース・フォー・ルル」「ネイキッド・シティ」といったジョン・ゾーンの作品。

 特に、複雑な構造と挑発的な速度を共有しつつジャズ、フリー、映画音楽、ロック、パンク、ハードコアなどあらゆるジャンルを越境する「ネイキッド・シティ」におけるフリゼルの変幻自在なプレーは強く印象に残る。 また年代は少し遡ってしまうが、いまではリヴィング・カラーのリーダーとして以前にも増して大きな注目を集めるヴァーノン・リードとフリゼルのデュオ「SMASH&SCATTERATION」も野心的で魅力的な作品だった。

 このように眺めてくると、フリゼルが、特にこの数年の間に特定のミュージシャン/プロデューサーと緊密な関係を作り上げ、そのネットワークのなかで自己の音楽性を拡張しているのが見えてくるはずだ。 たとえば、先述したカエターノのアルバムをプロデュースしているのは、アート・リンゼイとピーター・シェラーのアンビシャス・ラヴァーズ・コンビで、後に触れるが、このふたりはこのアルバムでも重要な役割を果たしている。 それから、ジョン・ゾーンやネイキッド・シティのメンバーたち。ちなみに、「イズ・ザット・ユー?」のプロデュースにあたっているのは、そのウェイン・ホーヴィッツである。

  それから、フリゼルが参加したフェイスフルやギャヴィン・フライデー、アレン・ギンズバーグのアルバムのプロデュースにあたっているのは、 セロニアス・モンクやクルト・ワイルを題材にしたコンピレーション・アルバムで注目を集めたハル・ウィルナーである。こうしたネットワークが、フリゼルの音楽を面白くしている一因になっているわけだ。

 そしてまた、フリゼルに関しては、こうしたジャンルを越境したり、音楽のシーンの先端に位置する活動とは別に注目しておかなければならないのが、モール・モチアンのバンドでの活動である。 フリゼルは以前、モチアンのグループでは、自分のために最大限の空間が与えられていると語っていたが、このピアノレスのグループは、ジム・ホールにも大きな影響を受けているフリゼルの進化を確認できるという意味でとても興味深いし、 ビル・エヴァンスの作品をフィーチャーしたモチアン・バンドの新作などは、特にそうしたフリゼルの側面が際立っている。

 



 フルゼルの魅力は、ギターシンセやディレイ、ディストーション、リバーブ・ユニットなどのエフェクター類を駆使することによって、 ギタリストとしてのアイデンティティを押し広げ(あるいは、非ギタリスト的なアプローチを試み)ているところにあるが、それがつまるところ機械の音になってしまわないのは、 彼が非常に肉声(あるいは身体)に近い響きというものに強い関心を示しているからだと思う。彼はもともとクラリネットをプレイしていて、エレクトロニクスを多用する一方で、 管楽器の音色やフレーズのコントロールを意識してもいるのだ。

 彼は尊敬するギタリストとして常にジム・ホール、ウェス・モンゴメリー、ジミ・ヘンドリクスの名前を上げるが、このギタリストたちもそれぞれにスタイルはまったく違うものの、 音のなかに自分の肉声と身体を持っていたといえる。ちなみに、フリゼルのプロフィールについては、「イズ・ザット・ユー?」のライナーノーツで詳しく触れたので、そちらを参照していただきたい。

 「ビフォア・ウィ・ワー・ボーン」は、フリゼルのリーダー作としては通算4作目にあたる作品である。 それ以前の3作品、『IN LINE』『RAMBLER』「ルック・アウト・フォー・ホープ」はすべてECMからで、この作品は、NONESUCHに移ってからの最初のアルバムとなる。

 ECM時代の3作品のなかでは、フリゼルに、チェロのハンク・ロバーツ、ベースのカーミット・ドリスコル、ドラムスのジョーイ・バロンという現在まで活動がつづいているちょっと変則的な編成のレギュラー・バンドを結成し、 ギタリストとしてのオリジナリティのみならず、グループ表現にフリゼルのカラーというか資質が滲み出ている「ルック・アウト〜」が、密度といい、完成度といい際立っている。 そして、その3作目からこの「ビフォア・ウィ・ワー・ボーン」への見事な跳躍ぶりには注目すべきものがある。

 この作品には、全8曲が収録されているが、曲によって様々な仕掛けがほどこされている。8曲はすべてフリゼルの曲だが、曲によって他のミュージシャンがアレンジを手がけ、そのアレンジによってメンバーも入れ替えている。 つまりこの作品には、「ルック・フォー〜」でひとまずそのスタイルが確立されたフリゼル・バンドに対して、外部から刺激を取り込み、スタイルに揺さぶりをかけ、音楽性を広げようとする野心を持ったアルバムなのである。 あるいは、フリゼルの作曲への関心がこれまでになく明確に打ち出されたアルバムともいえる。

 たとえば、@FGでは、フリゼルとアート・リンゼイ、ピーター・シェラーというアンビシャス・ラヴァーズのコンビの3人がアレンジを手がけ、プロデュースはアートとピーターのふたりで、 演奏メンバーも、フリゼル、アート、ピーターにジョーイ・バロン(Fではパーカッションが加わる)という編成になっている。アンビシャス・ラヴァーズのコンビが作り上げるファンクなうねりとノイジーな空間とフリゼルのコラボレーションは、 フリゼルの多様な資質のなかでもロック寄りの進化が剥きだしになっている。また、ブラジルのフレイバーを秘めたアートのヴォイスがフィーチャーされる?でのフリゼルのギターワークは、カエターノの「エストランジェイロ」に繋がっている。

 それからA〜Dは、ある種の組曲といえる構成になっていて、アレンジはフリゼルがひとりで手がけ、彼のレギュラー・バンドニアルト2本、バリトン1本というサックス・アンサンブルが加わっている。 内容は、ニューオリンズのブラスバンド、カントリー、ブルース、タンゴへと越境していく。もともとクラリネットを演奏していて、ギターをブレイするようになってからも、 管楽器の音色やフレイジングを意識しているフリゼルのアレンジとホーンとのコラボレーションには注目していいだろう。ちなみにフリゼルは、現在もポール・モチアンのバンドで活動し、テナーのジョー・ロヴァノと濃密なコラボレーションを展開している。

 そしてこのアルバムのなかで最も注目したいのが、13分を越える大作の?だ。この曲は、アレンジとプロデュースをジョン・ゾーンが手がけている。この曲ができ上がるプロセスについては、 「ダウンビート」誌89年5月号でフリゼル自身が語っているのだが、彼の言葉を要約するとだいたいこんなことになる。まず、フリゼルが、この曲のもとになる12の断片をジョン・ゾーンに渡し、それをもとにジョンが36のセクションからなる曲を作り上げた。

 つまりこの曲には、フリゼルが作った12の断片があり、それからフリゼル・バンドのメンバーがデュオ、トリオ、ソロなど異なる組み合わせで演奏する12の即興パートがあり、テンポやグルーヴに対するアイデアを盛り込んだ異なる12のキーで演奏されるパートがある。 これを合計すると36のセクションになるというわけだ。この複雑で様々なジャンルが入り乱れる構造といい、これを13分に圧縮する密度やテンションといい、これは、フリゼル・バンド版の?ネイキッド・シティ?といえる。

 このように見てくると、このアルバムがいかに質が高く、しかも野心に満ちたものであるかがおわかりいただけるだろう。

 
《関連リンク》
イズ・ザット・ユー?』 レビュー ■
『ディス・ニュー・ジェネレーション』 レビュー ■
ジョン・ゾーン・インタビュー ■

 
イケベ楽器店web site
 
amazon.co.jpへ●

ご意見はこちらへ master@crisscross.jp
 
デル株式会社
 

back topへ




■home ■Movie ■Book ■Art Music ■Politics ■Life ■Others ■Digital ■Current Issues


copyright