フルゼルの魅力は、ギターシンセやディレイ、ディストーション、リバーブ・ユニットなどのエフェクター類を駆使することによって、
ギタリストとしてのアイデンティティを押し広げ(あるいは、非ギタリスト的なアプローチを試み)ているところにあるが、それがつまるところ機械の音になってしまわないのは、
彼が非常に肉声(あるいは身体)に近い響きというものに強い関心を示しているからだと思う。彼はもともとクラリネットをプレイしていて、エレクトロニクスを多用する一方で、
管楽器の音色やフレーズのコントロールを意識してもいるのだ。
彼は尊敬するギタリストとして常にジム・ホール、ウェス・モンゴメリー、ジミ・ヘンドリクスの名前を上げるが、このギタリストたちもそれぞれにスタイルはまったく違うものの、
音のなかに自分の肉声と身体を持っていたといえる。ちなみに、フリゼルのプロフィールについては、「イズ・ザット・ユー?」のライナーノーツで詳しく触れたので、そちらを参照していただきたい。
「ビフォア・ウィ・ワー・ボーン」は、フリゼルのリーダー作としては通算4作目にあたる作品である。
それ以前の3作品、『IN LINE』『RAMBLER』「ルック・アウト・フォー・ホープ」はすべてECMからで、この作品は、NONESUCHに移ってからの最初のアルバムとなる。
ECM時代の3作品のなかでは、フリゼルに、チェロのハンク・ロバーツ、ベースのカーミット・ドリスコル、ドラムスのジョーイ・バロンという現在まで活動がつづいているちょっと変則的な編成のレギュラー・バンドを結成し、
ギタリストとしてのオリジナリティのみならず、グループ表現にフリゼルのカラーというか資質が滲み出ている「ルック・アウト〜」が、密度といい、完成度といい際立っている。
そして、その3作目からこの「ビフォア・ウィ・ワー・ボーン」への見事な跳躍ぶりには注目すべきものがある。
この作品には、全8曲が収録されているが、曲によって様々な仕掛けがほどこされている。8曲はすべてフリゼルの曲だが、曲によって他のミュージシャンがアレンジを手がけ、そのアレンジによってメンバーも入れ替えている。
つまりこの作品には、「ルック・フォー〜」でひとまずそのスタイルが確立されたフリゼル・バンドに対して、外部から刺激を取り込み、スタイルに揺さぶりをかけ、音楽性を広げようとする野心を持ったアルバムなのである。
あるいは、フリゼルの作曲への関心がこれまでになく明確に打ち出されたアルバムともいえる。
たとえば、@FGでは、フリゼルとアート・リンゼイ、ピーター・シェラーというアンビシャス・ラヴァーズのコンビの3人がアレンジを手がけ、プロデュースはアートとピーターのふたりで、
演奏メンバーも、フリゼル、アート、ピーターにジョーイ・バロン(Fではパーカッションが加わる)という編成になっている。アンビシャス・ラヴァーズのコンビが作り上げるファンクなうねりとノイジーな空間とフリゼルのコラボレーションは、
フリゼルの多様な資質のなかでもロック寄りの進化が剥きだしになっている。また、ブラジルのフレイバーを秘めたアートのヴォイスがフィーチャーされる?でのフリゼルのギターワークは、カエターノの「エストランジェイロ」に繋がっている。
それからA〜Dは、ある種の組曲といえる構成になっていて、アレンジはフリゼルがひとりで手がけ、彼のレギュラー・バンドニアルト2本、バリトン1本というサックス・アンサンブルが加わっている。
内容は、ニューオリンズのブラスバンド、カントリー、ブルース、タンゴへと越境していく。もともとクラリネットを演奏していて、ギターをブレイするようになってからも、
管楽器の音色やフレイジングを意識しているフリゼルのアレンジとホーンとのコラボレーションには注目していいだろう。ちなみにフリゼルは、現在もポール・モチアンのバンドで活動し、テナーのジョー・ロヴァノと濃密なコラボレーションを展開している。
そしてこのアルバムのなかで最も注目したいのが、13分を越える大作の?だ。この曲は、アレンジとプロデュースをジョン・ゾーンが手がけている。この曲ができ上がるプロセスについては、
「ダウンビート」誌89年5月号でフリゼル自身が語っているのだが、彼の言葉を要約するとだいたいこんなことになる。まず、フリゼルが、この曲のもとになる12の断片をジョン・ゾーンに渡し、それをもとにジョンが36のセクションからなる曲を作り上げた。
つまりこの曲には、フリゼルが作った12の断片があり、それからフリゼル・バンドのメンバーがデュオ、トリオ、ソロなど異なる組み合わせで演奏する12の即興パートがあり、テンポやグルーヴに対するアイデアを盛り込んだ異なる12のキーで演奏されるパートがある。
これを合計すると36のセクションになるというわけだ。この複雑で様々なジャンルが入り乱れる構造といい、これを13分に圧縮する密度やテンションといい、これは、フリゼル・バンド版の?ネイキッド・シティ?といえる。
このように見てくると、このアルバムがいかに質が高く、しかも野心に満ちたものであるかがおわかりいただけるだろう。 |