ジョン・ゾーン・インタビュー

1990年3月 高円寺
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(初出:「CITY ROAD」1990年5月号、若干の加筆)
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 マカロニ・ウエスタンのサウンドを決定づけたエンニオ・モリコーネの作品集「復讐のガンマン」、ハードボイルド作家ミッキー・スピレインを題材にした「スピレーン」、ソニー・クラーク、 ケニー・ドーハムなど50年代のハード・バップ・ナンバーをリズム・セクションなしのトリオで演奏する「ニュース・フォー・ルル」、玖保キリコのアニメの音楽を手がけた「シニカル・ヒステリー・アワー」、 フリー・ジャズのイノベーター、オーネット・コールマンの作品群にハードコアなアプローチを見せる「スパイVSスパイ」。

 ジョン・ゾーンというと、とかく前衛とかマイナーというイメージが先にたち、マニアのためのミュージシャンと見られがちだが、こうして彼がこの数年間に次々と発表してきたユニークな作品を羅列してみると、 誰もが何らかの興味をそそられることだろう。また、彼はこの数年、東京とニューヨークに半年ずつ暮らすという生活を送り、日本のミュージシャンとの交流を重ねてもいる。

 そして、これまで以上にジョンが広く注目を集めることを予感させるのが、彼が自分のバンドを組んでレコーディングした最新作「ネイキッド・シティ」だ。 この新作ではジョンのオリジナルやフィルム・ノワールを中心とした映画音楽のカヴァーなど計26曲が、ハードコアのパワーをはらみつつあらゆる音楽スタイルを駆使して、 ジョンの都市イメージへとまとめあげられていく。

 音楽、映画にとどまらず、小説やその他のメディアに触手を伸ばし、旺盛に取り込み、解体し、ハイブリッドな音楽を紡ぎだすジョン・ゾーンの活動からは目が離せない。 インタビューの場所は、高円寺にあるジョンのアパート。彼の部屋には、日本の古いピンク映画のポスターがたくさん張ってあった。

■■ゴダールの影響■■

――あなたは「スピレーン」のタイトル・ナンバーや「復讐のガンマン」の音作りについて、ジャン=リュック・ゴダールにインスパイアされたと解説に書いてますね。

ジョン・ゾーン(以下JZ) 実際、5、6年前にフランス人のプロデューサーからゴダールのコンピレーションを作るという話がきて、ゴダールの作品の音楽を手がけたんだ。 ゴダールは音楽の創作に限らず、ぼくの考え方すべてに影響を与えている。彼の編集のやり方はぼくのやり方と共通しているんだ。だから、最初は5分の曲を作るつもりだったんだけど、彼に対する思い入れが強いものだから、 結局20分の曲になってしまった。それで作曲の新しい方法が見えてきたんだ。それから、モンクやクルト・ワイルのコンピレーションで1曲ずつ担当して、とてもいいスタジオを使う機会にめぐまれたのも大きかった。 新しい方法をだんだんと掘り下げていくようになったんだ。


 
 
 
 


――その方法というのは具体的には。

JZ 普通の譜面を書くのと並行して、ファイル・カードを使ってイメージやアイデアをまとめあげていくんだ。「スピレーン」でミッキー・スピレインを題材として選んだのは、僕が探偵小説やフィルム・ノワール、 ジャズやニューヨークが好きだったのと、スピレインが、ハードボイルドの超先駆的存在で、最も暴力的でセクシャルな世界を創造したからなんだ。彼に捧げる曲を書くことは彼を再評価する機会にもなったし、もう一方では、 ぼくがこれまで勉強してきたもの、ジャズとかフィルム・ノワールを1曲のなかに集大成することにもなった。

――ゴダールに目覚めたのはいつ頃?

JZ よく覚えてないんだけど、たぶん、15か16の頃だと思う。その頃は家族といっしょにいるのが地獄で、家に帰らないで映画に行って、それから友だちのところに泊まっていた。 ぼくは昔からとんがった?エッジ?のあるものが好きだった。学校でみんながみんなビートルズが大好きだとかいうのが嫌いでね。その頃のNYのアンダーグラウンド・シーンはすごく面白くて、前衛的な映画に引かれた。 もっと後で、ジャック・スミス、ハリー・スミス、ポール・シャリッツ、スタン・ブラッケージのようなアンダーグラウンドの作家たちとも知り合いになった。ゴダールが特に素晴らしいのは、 ポップとアンダーグラウンドの境界線上に立って、双方の橋渡しをしているからだ。彼は、純粋であると同時にポップ・フィールドでとんがっていることができる。ポップな世界にいても哲学的な深みを失わない。 最も重要なのは、彼の編集だね。たとえば、赤い色からロマンティックなシーンへと跳躍する鮮烈なカットだ。それが、ぼくに大きな影響を与えている。

――ゴダールは映像と音楽の境界を自在に越境することによって、ある意味で音楽的な映画を作っているのに対して、ジョンの「スピレーン」は、音楽が映画に越境していて、映画的な音楽になっていると思うんだけど。

JZ そうだね。アーティストには対象を限定して、それを突き詰めて、抽象的な象牙の塔を作り上げるタイプと、あらゆるものをミックスするタイプがある。ゴダールの世界というのはまさに、ぼくたちが生活している世界なんだ。 彼の世界にはテレビとか音楽とか、あらゆる要素が取り込まれている。ぼくはNYで育ち、人種の坩堝で生活し、60年代から70年代にかけてジャズ、ロック、ブルース、クラシックなどあらゆる音楽スタイルの影響を受けてきている。 しかもぼくたちの世代には、クラシックだから格が上だみたいな考え方はなく、すべては等価なんだ。ゴダールには彼のマテリアルがあって、ぼくにはぼくのマテリアルがあって、それは表面的には違うものなんだけど、 方法とか世界は同じなんだ。ウィリアム・バロウズには彼のマテリアルがあるけど、カット・アップ手法というのは、やはりゴダールやぼくの方法ととても似たものなんだ。

――映画を監督するみたいに音楽を作る。

JZ 最近読んだデイヴィッド・リンチのインタビューで、彼は頭に浮かんだイメージをファイル・カードに整理して、40枚のカードで映画を作ると言っていた。ぼくは作曲するのに60枚以上使うけど、 これはぼくやゴダールのやり方と同じだね。ぼくはあらゆるものをリサーチした。スピレインの作品をみんな読み直して、映画も観て、わずかな評論も読み、ファイル・カードを作った。だからぼくは、作曲そのものに興味があるわけではないし、 譜面を書くということは中心的なことでも何でもなく、単に作業の一部なんだ。

■■スピレインの魅力■■

――スピレインの本拠地がNYということもあるんだろうけど、なぜハメットやチャンドラー、ロス・マクドナルドではなく、スピレインなんだろう。

JZ マクドナルドはクズだよ。どうしようもないクズだ。ハードボイルドのビッグ・スリーは、ハメット、チャンドラー、スピレインなんだ。マクドナルドはチャンドラーの単なるコピーで、 あれがビッグ・スリーのひとりなんていうのは、まったくのジョークだよ。みんなスピレインのことを過小評価して見ているけど、ハードボイルドというジャンルをまとめあげたのはスピレインの功績だし、 言葉の使い方やイメージも最も優れている。それに彼は自分のプロモーションもやった。つまり、スピレインという名前の響きは、いろんな人たちに重要な意味をもたらしているけれど、マクドナルドって言っても何の意味もないんだ。

――50年代にはスピレインが、20世紀のアメリカのベストセラー小説でベストテンをほとんど独占している時代があったはずです。それは彼の描く暴力とかサディズムといったものが、 厳格なモラリティで上から押さえつけられていた国民の感情を刺激した結果で、彼の作品には国粋的なものもあったと思いますが。

JZ 確かに彼の本が一時期ベストセラーになったことはあったんだけど、最初インテリの評論家たちは、ひとりとしてスピレインを評価しなかった。もちろんサディズムとか暴力とかそういったことのためだ。 しかしスピレインはさっきも触れたポップ=アンダーグラウンド・カルチャーの好例なんだ。彼が表現しているのは確かに国粋主義的で暴力的なんだけど、文章は完璧でひとつひとつの言葉に意味があって、他の言葉と置き換えることはできない。 彼は自分自身の世界を作り上げたんだ。団鬼六だってかなりエグい世界を作り上げたけど、彼は高く評価されているだろう。それと同じことなんだ。

――スピレインと団鬼六というのは実に面白い。妙に説得力がある。

JZ これはパンクにも共通することだと思うよ。パンクで一番すごいのはイギー・ポップだ。イギーは、セックス・ピストルズよりも5年も前にパンクをやっていただけではなく、その音楽はいまでも十分に通用するものなんだ。 でも、ピストルズはいま聴いてみるともう何の意味もない。イギーの音楽はプリミティブで、シンプルで、しかも重要な意味を持っている。スピレインにも同じことがいえる。暴力とか国粋的なものを過剰に表現しているんだけど、 それは同時にすべての人が少しずつ持ち合わせているものであって、彼らはそれをまとめあげて、オリジナルな世界を作っているんだ。

■■新作の「ネイキッド・シティ」■■

――新作ですが、ジャケットの写真がウィージーで、すごく雰囲気が出ていていいと思ったんですけど、ジャケットはいつも自分で選んでいるんですよね。

JZ 必ず自分でやっている。もともと自主制作で、自分で予算を組んで製作していたから。ぼくはもともとレコードが大好きで、いまはコレクションが1万3000枚くらいあって、CDも2000枚を越えている。 中身だけじゃなく、このパッケージが好きなんだ。

――「スピレーン」のジャケットは宍戸錠でしたね。

JZ そう。アメリカで宍戸錠を知っている人間が3人いるとしたら、そのひとりだろうね。ジャケットはレコード会社といつももめるんだ。 暴力とかを題材にしたものを極端に嫌がるんだ(「スパイVSスパイ」のジャケットを指さして)このイラストも問題になったんだ。鞭で女の子を叩いているやつ。今回もこの丸尾(末広)さんの絵を使うのでけっこうもめたんだ。

――こういう絵を使うのも、ポップ=アンダーグラウンドの境界線ということ?

JZ もちろんそれもあるんだけど、この丸尾さんの絵を世界に紹介したいということがあるんだ。「ニュース・フォー・ルル」の裏ジャケットにのってる選曲リストなんかもそうなんだ。 ものすごい才能がありながら埋もれている人がたくさんいるから。そこらでちやほやされて、あちこちにクレジットされている人よりも、認められるべき人が認められていないという事実に目を向けて、 そういう人たちがもっと評価されるように協力していきたいと思っているんだ。

――「ネイキッド・シティ」というタイトルはどこから?

JZ これはバンドの名前でもあるわけだけど、バンドを作るにあたってスピレインとかフィルム・ノワールとか自分の未発表の曲とか、これまで蓄積してきたあらゆるものを出したいと思っていた。 そうしたものを集大成するとそれはやっぱりNYということになって、これは40年代の映画のタイトルにもなっているけれど、NYはまさに裸の街だし、最もふさわしい名前だと思ったんだ。 ===>2ページへ続く

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