ロサンゼルス、ありえたかもしれない未来の廃墟から
――チャールズ・トンプソン/フランク・ブラックのオブセッション


ピクシーズ/ラウド・クァイエット・ラウド/loudQUIETloud: A Film About the Pixies――2006年/アメリカ/カラー/85分
ティーンエイジャー・オブ・ジ・イヤー/Teenager of the Year (1994)
ドッグ・イン・ザ・サンド/Dog in the Sand (2001)
ブラック・レター・デイズ/Black Letter Days (2002)
ショウ・ミー・ユア・ティアーズ/Show Me Your Tears (2003)
ハニーカム/Honeycomb (2005)
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(初出:『ピクシーズ/ラウド・クァイエット・ラウド』劇場用パンフレット)

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 そんなブラックは、『Black Letter Days』でカリフォルニアの歴史をさらに遡る。<California Bound>や<21 Reason>が、何を表現しているのか理解することは容易ではない。ブラック自身は、17世紀や18世紀にカリフォルニアに入植したスペイン人のことを題材にしていると語っている(★6)。そうであるなら、少なくとも彼の狙いは理解できる。『要塞都市LA』でも言及されているように、スペイン領時代の遺産は、ロサンゼルスが発展していく過程で、資本主義化、虚構化されていった。彼は、その事実を踏まえて、もうひとつのロサンゼルスを幻視しているということになる。

 ブラックは、彼を取り巻くカリフォルニアやロサンゼルスを現代アメリカの象徴ととらえ、その地層を精査し、歴史を読み直すことによって、現代アメリカに揺さぶりをかけ、その虚構性を暴き出してきた。そういう意味では、カリフォルニアやロサンゼルスは、彼にとって重要なインスピレーションの源となっている。

 しかし同時に、彼はそれらに囚われてしまっているともいえる。<St. Francis Dam Disaster>が物語っているように、地層を掘り下げることは、最終的にそこから逃げ出し、解放されることへと繋がっていく。実際、『Black Letter Days』や『Devil’s Workshop』といった作品の特徴となっているロード・ソングの多くは、彼をからめとろうとするものからの逃走や解放を表現している。にもかかわらず、彼自身は、ロサンゼルスに暮らしていたのだ。

 だが、ブラックのそんな精神的、物理的な状況は、『Show Me Your Tears』と『Honeycomb』で劇的に変化する。ブラックは、セラピー体験によって、新たな方向性を見出した。『Show Me Your Tears』で、ブラックが掘り下げるのは、彼を取り巻く世界ではなく、彼自身の内面、過去や記憶、喪失感などだ。その歌詞が描き出す世界の背景では、カリフォルニアやロサンゼルスが影を潜め、アメリカの外部、特にフランスが強調されている。

 そして、ピクシーズのリユニオンツアーの直前にレコーディングされた『Honeycomb』には、ブラックというよりも、直接的にトンプソン個人の変化を物語る曲が収められている。彼は、<Strange Goodbye>で大胆にも間もなく離婚する妻のジーンとデュエットし、結婚生活に円満に終止符を打った。さらに、<My Life Is in Storage>の内容については、「LAからポートランドへと大移動し、自分のものをすべて倉庫にしまい、人生を変えること」(★7)だと語っている。この曲はそれを具体的に物語っているわけではなく、この言葉通りに実際に大移動したのは、むしろトンプソン自身の方だが、そんな彼の変化から曲が生まれたことは間違いない。

 トンプソンは、セラピーを受け、ついにロサンゼルスを離れ、ポートランドで新たな生活を始め、精神的にも物理的にも変化を遂げた。しかし、だからピクシーズの再結成に踏み切ったとはいえない。なぜなら、ピクシーズは、ここで検証してきたカリフォルニアやロサンゼルスに対する彼の強烈なオブセッションなしには、あのような特異な世界や表現を生み出すことはなかったからだ。


 『loud QUIET loud』は、トンプソンに注目するなら、いくつかの点で、ブラック・フランシスのためのセラピーを記録しているように思える。ひとつはもちろん、彼が、カリフォルニアやロサンゼルスから自由になるということだ。この映画は、ロサンゼルスにおけるリハーサルから始まり、ヨーロッパや北米へと舞台が変わっていく。

 もうひとつは、現在のフランク・ブラックのスタイルとはまったく違うフランシスのあの叫びの復活だ(もちろん、ザ・カソリックスのツアーでも、ピクシーズのナンバーを演奏してはいたが、それでもやはりこれは復活というべきだろう)。セオドア・マチュラは、フランシスの叫びが“プライマル・スクリーム”を連想させると書いている(★8)。そのプライマル・スクリームは、イギリスのバンド名の語源でもある、抑圧から解放するセラピーとして認知されている。

 そして最後のカメラの存在だ。フランク・ブラックは、『Show Me Your Tears』や『Honeycomb』で、自分自身を曝け出す告白的なスタイルを切り開いたが、フランシスもまた、この映画の企画を受け入れることで、自分自身を曝け出そうとしたのではないのか。そういう意味では、この映画そのものがセラピーであり、その最後に、トンプソンとフランシスとフランク・ブラックはひとつになるのだ。

《注》

★1“Fool The World ; the oral history of a band called Pixies”by Josh Frank and Caryn Ganz(St. Martin’s Griffin, 2006)

★2“Doolittle”by Ben Sisario(continuum, 2006)

★3『要塞都市LA』マイク・デイヴィス 村山敏勝+日比野啓訳(青土社、2001年)

★4同上

★5“The San Fernando Valley: America’s Suburb”by Kevin Roderick (Los Angels Times Book, 2001)

★6 Frank Black Interview by Dan Kilian

★7 Frank Black on Recording Honeycomb

★8 Contextualizing Musical Rhetoric; A Critical Reading of the Pixies’ “Rock Music” by Theodore Matula (Communication Studies, Vol.51, 2000)


―ブラック・レター・デイズ―

  ◆曲目◆

01.   The Black Rider
02. California Bound
03. Chip Away Boy
04. Cold Heart Of Stone
05. Black Letter Day
06. Valentine And Garuda
07. How You Went So Far
08. End Of Miles
09. 1826
10. The Farewell Bend
11. Southbound Bevy
12. I Will Run After You
13. True Blue
14. Jane The Queen Of Love
15. Jet Black River
16. 21 Reasons
17. Whispering Weeds
18. The Black Rider

  ◆演奏◆

フランク・ブラック(vocals, guitar)、Scott Boutier(drums, vocals)、エリック・ドリュー・フェルドマン(keyboard, synthesizer, vocals)、リッチ・ギルバート(guitar, pedal steel guitar, keyboards, sax, vocals)、デイヴィッド・マカフリー(bass, vocals)、デイヴ・フィリップス(guitar, pedal steel guitar, vocals)、モリス・テッパー(guitar, vocals)、ニック・ヴィンセント(maracas)


(インペリアルレコード)
 
 
―ショウ・ミー・ユア・ティアーズ―

  ◆曲目◆

01.   Nadine
02. Everything is New
03. My Favorite Kiss
04. Jaina Blues
05. New House of the Pope
06. Horrible Day
07. Massie Central
08. When Will Happiness Find Me Again
09. Goodbye Lorraine
10. This Old Heartache
11. Snake
12. Coastline
13. Manitoba

  ◆演奏◆

フランク・ブラック(vocals, guitar)、ヴァン・ダイク・パークス(piano, accordion)、ジャネット・ライト・ブラック(vocals)、エリック・ドリュー・フェルドマン(organ)、リッチ・ギルバート(piano, guitar, pedal steel guitar, vocals)、スタン・リッジウェイ(banjo, harmonica, percussion, melodica, vocals)、ジョーイ・サンティアゴ(guitar)、デイヴ・フィリップス(guitar, pedal steel guitar, vocals)、Scott Boutier(drums, vocals)、デイヴィッド・マカフリー(bass, vocals)、デイヴ・フィリップス(guitar, pedal steel guitar, vocals)、他


(テイチクエンタテインメント)
 
 
―ハニーカム―

  ◆曲目◆

01.   Selkie Bride
02. I Burn Today
03. Lone Child
04. Another Velvet Nightmare
05. Dark End of The Street
06. Go Find Your Saint
07. Song of The Shrimp
08. Strange Goodbye
09. Sunday Sunny Mill Valley Groove Day
10. Honeycomb
11. My Life Is In Storage
12. Atom In My Heart
13. Violet
14. Sing For Joy

  ◆演奏◆

フランク・ブラック(vocals, guitar)、スティーヴ・クロッパー(guitar)、チェスター・トンプソン(drums)、ジャネット・ライト・ブラック(vocals, duet)、アントン・フィグ(drums)、バディ・ミラー(guitar)、スプーナー・オールダム(keyboards, vocals, bells)、ダン・ペン(vocals)、レジー・ヤング(guitar)、他


(テイチクエンタテインメント)




(upload:2009/01/31)
 
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