ロサンゼルス、ありえたかもしれない未来の廃墟から
――チャールズ・トンプソン/フランク・ブラックのオブセッション


ピクシーズ/ラウド・クァイエット・ラウド/loudQUIETloud: A Film About the Pixies――2006年/アメリカ/カラー/85分
ティーンエイジャー・オブ・ジ・イヤー/Teenager of the Year (1994)
ドッグ・イン・ザ・サンド/Dog in the Sand (2001)
ブラック・レター・デイズ/Black Letter Days (2002)
ショウ・ミー・ユア・ティアーズ/Show Me Your Tears (2003)
ハニーカム/Honeycomb (2005)
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(初出:『ピクシーズ/ラウド・クァイエット・ラウド』劇場用パンフレット)

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 『ピクシーズ/ラウド・クァイエット・ラウド』の中で、ケリー・ディールがピクシーズのメンバーに、「解散後に一番誇れるものは何か」と尋ねた時、ブラック・フランシスことチャールズ・トンプソンは、「考えないようにしている。何も意識しなければ不安にならなくてすむ」と答える。彼は、ツアーバスのベッドで、眠りにつく前に、「俺はいい人間だ、前向きに生きている」と自分に言い聞かせる。もちろんそれらは、カメラを意識した発言や行動なのかもしれない。だが、この映画の中のトンプソンには、他のメンバーとは異質な緊張があるように思える。

 ピクシーズの再結成は、フロントマンである彼が首を縦に振らなければありえなかった。彼はなぜ再結成に踏み切ったのか。そして、バックステージにもカメラがついて回るような映画の企画をなぜ受け入れたのか。彼は、再結成についてはこのように語っている。「もう12年になるが、俺はずっと絶対にそれはないと断言してきた。バンドを復活させる気はまったくなかったのに、わからないもんだ。俺は離婚し、去年はたくさんのセラピーを受け、そして年も取った。だから、態度も前とは違う。もうぴりぴりしてない。俺がいらついていたような事柄は、子供じみていて、ばかばかしく思えるよ」(★1)。しかし、理由はそれだけではないだろう。

 筆者が注目したいのは、ピクシーズとその後のフランク・ブラック名義の作品から見えてくるトンプソンの世界観の変化だ。それがなければ、おそらく再結成もなかっただろう。ピクシーズの時代にはまず、ブニュエルの『アンダルシアの犬』やデヴィッド・リンチ、聖書、プエルトリコへの留学体験などにインスパイアされて生み出された世界があった。それは、近親相姦やレイプ、肉体の毀損、自殺、吸血鬼、終末的なヴィジョンなど、セックスと死が際立つシュールな世界だった。それから、宇宙旅行や異星人、火星など、SF的な世界が浮上してくる。

 しかし、そうしたトンプソンのイマジネーションの根底にあったのは、カリフォルニアだろう。ピクシーズが、カリフォルニアを基盤として大統領に上りつめたレーガンの時代に結成され、異彩を放ったこと、そしてレーガンを支えたキリスト教原理主義のそれに対抗するような終末的なヴィジョンを切り開いたことは、トンプソン自身がそれを意識していなかったとしても、決して偶然ではない。

 トンプソンはボストン生まれだが、子供の頃からカリフォルニアと深い繋がりを持っていた。両親とともにマサチューセッツと南カリフォルニアを行ったり来たりする生活を送っていたからだ。まず彼の実父が、西海岸で商売をしようとした。それから離婚と再婚があり、彼の母親と義父が、西と東の両方で不動産業に従事していたのだ(★2)。そして、ボストンで結成されたピクシーズも、後期はロサンゼルスを拠点に活動していた。

 では、トンプソンにとって、カリフォルニアはどのような意味を持っていたのか。それは、フランク・ブラック名義の作品の中で、より鮮明になっていく。ブラックのディスコフラフィーは、<Los Angeles>という象徴的な曲がオープニングを飾る『Frank Black』に始まり、2作目の『ティーンエイジャー・オブ・ジ・イヤー』で、カリフォルニアへの視点が明確にされる。このアルバムには、内容紹介も兼ねたブラック自作のバイオが添えられているが、そこには、彼が感じる“何かの終わりと始まり”が、以下のように記述されている。

抽象芸術に関していえば、それは額縁の中と、キャンバスの向こう側にある。そして、カリフォルニアの地層を貫き、それは(スペイン人達が言ったように)プレ‐ナヴァホから、現在とブレード・ランナーの未来までのどこかに属する時代にまで繋がっている真実なのだ。(中略)オレは人類の痕跡がゆっくりと消え去って行ったずっと後の探査の様子を見た。それは製作者たちが意図した通りにずっと動き続け、完璧に作動していた。そしてもちろん、ウィリアム・マルホランドが水道を引いた時代のロサンゼルスに行ってみた。ブラッドベリ氏が望んだように、水道はまだ機能していた

 このアルバムに収められた<Calistan>は、トルキスタンやアフガニスタンに倣って、カリフォルニアと「スタン」という接尾語を合体させた造語をタイトルにし、その歌詞はまさにカリフォルニアの地層を突き抜けていく。<Ole Mulholland>では、水道エンジニアとして人工都市ロサンゼルスの発展に多大な貢献をし、マイク・デイヴィスが『要塞都市LA』の中で「この街最大のプロメテウス的人物」(★3)と表するウィリアム・マルホランドと、ロサンゼルス在住のSF作家レイ・ブラッドベリが結びつけられている。

 そして、『Dog in the Sand』では、実話を通して視点がより具体的になると同時に、表現が巧妙になる。たとえば、<Llano Del Rio>という曲のタイトルが何を意味し、この曲が何を歌い、何を狙っているのかは、デイヴィスの前掲書の冒頭部分を読めばすべて明白になる。そこには、このように書かれている。

次の千年紀のロサンゼルスを見るのにいちばんいいのは、そのありえたかもしれない未来の廃墟から眺めることだ。ラノ・デル・リオというかつての社会主義都市――非組合員雇用の地ロサンゼルスの清涼剤ともいうべき失われたユートピア――の集会ホール跡のどっしりとした石の土台に立つと、スペースシャトルがロジャーズ乾燥湖に優雅に下りてくるのがときどき見える」(★4)。

 ブラックも、まったく同じありえたかもしれない未来を通して、独自の世界を切り開いているのだ。

 さらに、<St. Francis Dam Disaster>は、1928年に起こったセント・フランシス・ダムの決壊という大惨事を題材にしている。決壊によって生じた大洪水は、少なくとも450人の人々を飲み込み、5時間半かけて54マイル進み、太平洋に到達したという(★5)。それは、象徴的な出来事でもあった。このダムの建造は、先述したマルホランドが行った最大の公共事業であり、この大惨事によって彼の輝かしい経歴に終止符が打たれることになったからだ。だからブラックは、この出来事を取り上げた。しかも、彼が描くのは大惨事ではない。この曲では、ダムの水と「彼女」が同化し、ロサンゼルスの奴隷だった彼女は、洪水となって海に解き放たれるのである。====>2ページにつづく


―ラウド・クァイエット・ラウド―

◆スタッフ◆
 
監督   スティーヴン・カンター、マシュー・ガルキン
Steven Cantor, Matthew Galkin
撮影 Paul Dokuchitz, Jonathan Furmanski
編集 トレヴァー・リストウ
Trevor Ristow
音楽 ダニエル・ラノワ
Daniel Lanois
 
◆キャスト◆
 
    チャールズ・“ブラック・フランシス”・トンプソン
Charles Thompson
  キム・ディール
Kim Deal
  デヴィッド・ラヴァリング
David Lovering
  ジョーイ・サンティアゴ
Joey Santiago
-
(配給:boid)
 
 
―ティーンエイジャー・オブ・ジ・イヤー―

  ◆曲目◆

01.   Whatever Happened to Pong?
02. Thalassocracy
03. I Want to Live on an) Abstract Plain
04. Calistan
05. Vanishing Spies
06. Speedy Marie
07. Headache
08. Sir Rockaby
09. Freedom Rock
10. Two Reelers
11. Fiddle Riddle
12. Ole Mulholland
13. Fazer Eyes
14. I Could Stay Here Forever
15. Hostess With the Mostest
16. Superabound
17. Big Red
18. Space Is Gonna Do Me Good
19. White Noise Maker
20. Pure Denizen of the Citizens Band
21. Bad, Wicked World
22. Pie in the Sky

  ◆演奏◆

フランク・ブラック(vocals, guitar)、エリック・ドリュー・フェルドマン(bass, Keyboards, synthetics)、ニック・ヴィンセント(drums, bass on track 11)、ライル・ワークマン(lead guitar)、ジョーイ・サンティアゴ(lead guitar on tracks 820,.21,22,and second lead guitar on track 15)、モリス・テッパー(lead guitar on tracks 11 and 17)


(コロムビアミュージックエンタテインメント)
 
 
―ドッグ・イン・ザ・サンド―

  ◆曲目◆

01.   Blast Off
02. I've Seen Your Picture
03. St. Francis Dam Disaster
04. Robert Onion
05. Stupid Me
06. Bullet
07. The Swimmer
08. Hermaphroditos
09. I'll Be Blue
10. Llano del Rio
11. If It Takes All Night
12. Dog in the Sand

  ◆演奏◆

フランク・ブラック(vocals, guitar)、Scott Boutier(drums, vocals)、エリック・ドリュー・フェルドマン(keyboard, vocals)、リッチ・ギルバート(guitar, pedal steel guitar, keyboards, vocals)、デイヴィッド・マカフリー(bass, vocals)、デイヴ・フィリップス(guitar, pedal steel guitar, vocals)、ジョーイ・サンティアゴ(lead guitar)、モリス・テッパー(guitar, banjo, bihuela)、ニック・ヴィンセント(percussion)


(SpinART)
 




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