中国の新鋭ディアオ・イーナン監督にとって3作目の長編となる『薄氷の殺人』では、未解決の連続殺人事件をめぐって、警備員に身を落とした元刑事ジャンと、事件の被害者たちと親密な関係にあった謎の女ウーが絡み合い、深い闇に引き込まれていく。
最初の事件が起こるのは1999年の夏で、各地に散らばる石炭工場から切り刻まれた男の死体の断片が相次いで発見される。それがプロローグとなり、2004年の冬に連続殺人に発展した事件が、ジャンとウーを宿命のように結びつけていく。
――『薄氷の殺人』では、独自の捜査に乗り出したジャンが、自転車に乗ったウーをスクーターで尾行し、雪の積もった暗い道を進む場面が印象に残ります。ウーが配達のために顧客の家に立ち寄ると、ジャンは距離を置いてスクーターを止め、彼女の様子をうかがいます。そして、配達を終えた彼女を追いかけようとしたジャンは、歩道の雪の上に真新しい足跡があることに気づきます。その足跡は、何者かが彼らを尾行し、姿を見られる前に引き返していったことを物語ります。この場面に台詞はほとんどなく、映像だけで不気味な気配が醸し出され、謎が生み出されます。
「私は昔のサイレント映画が大好きなんです。サイレントこそが映像の芸術であり、そこに映画の本質があると思います。だから脚本を書くときにはサイレント映画のように、できるだけ台詞を削ぎ落とし、シンプルにすることを心がけました。80年代の初頭、中国の改革開放の初期の頃に、アメリカ映画の回顧展が開かれました。そのときに『ワイルド・ブラック/少年の黒い馬』(キャロル・バラード監督)という映画を観たのですが、最初の30分間はほとんど台詞がないのに、私はすごく惹かれました。一緒に行った父親にどうして台詞がないのか尋ねたら、こういう映画こそ本当の映画なんだと言われました。それでこの映画を撮影するときも、役者さんたちにできるだけ台詞を削ぎ落としていってほしいと言いました。
そして同様に重要なのが、ロケ地、場所、土地です。その舞台をどのように撮るかが非常に重要なので、ドラマの設定と同じ時間帯にその場所に行ってみて、そこを観察して脚本に修正を加えていくというようなことをしました。ある部分は先にロケ地を訪れ、その空間からインスピレーションを得ています。たとえば、トンネルを抜けると雪景色になって、ジャンがバイクを盗まれる場面です。真昼の花火があがるラストの住宅街は、まずその場所に行ってみて、脚本を変えていきました。また、ベルトコンベアで石炭が運ばれていく貯炭場は、メインのロケ地ではなく別の場所、車で丸一日かかるような町まで行って、撮影しました」 |