ブライアン・シンガー・インタビュー
Interview with Bryan Singer


1996年
ユージュアル・サスペクツ/The Usual Suspects――1995年/アメリカ/カラー/105分/シネスコ/ドルビーSR
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(初出:日本版「Esquire」1996年6月号)

 

 

虚像の力学と謎めいたムードの出発点に迫る
――『ユージュアル・サスペクツ』(1995)

 

 ブライアン・シンガーにとって監督第2作となる『ユージュアル・サスペクツ』は、体裁はあくまで犯罪映画だが、彼のデビュー作『パブリック・アクセス』を振り返ってみると、その印象が変わってくるはずだ。サンダンス映画祭のグランプリに輝いたこのデビュー作は、残念ながら日本では映画祭のみの公開であまり知られていないが、テーマやその切り口が実に興味深い。

 アメリカのありふれたスモールタウンに、ある日、正体不明の男がやって来て、ケーブル・テレビのファミリー・アワーの時間を買い取り、自ら進行役となって住民が電話で自由に参加できる番組を始める。この番組は、求心力を欠いたコミュニティの新たな中心となり、男は、住人たちに挑発的な質問を浴びせることによって、そこにくすぶっている感情をあぶりだしていく。

 そして、その先に恐ろしい展開が待ち受けている。中立の立場にあるかのように見えた男は、集団のなかの異分子を排除するようなアメリカの一面を象徴する存在だったことが明らかになるのだ。

「この映画を作るときは、ちょうど大統領選の時期にあたっていて、ぼくは特にロス・ペローの存在に触発された。彼は、大統領候補に名乗りをあげ、7億ドルでテレビの時間を買い取って大統領になろうとしているというようなことを言われていた。そこで、テレビの画面を通して見える演出された虚像と人物の実像について考えだしたんだ。人は、虚像の方で人間を判断してしまうことがある。それが作品のコンセプトになった。たとえば、映画に出てくる謎の男が、眼鏡をつけたときと外したときでは人格が豹変するのは、そういうことのひとつの暗示なんだ」

 このデビュー作は、個々の思惑が錯綜する集団が、虚像に磁場をもたらし、気づかぬうちに強大な力を与え、あげくの果てには集団そのものが虚像にからめとられる恐ろしさを描いているといえる。

 そして、『ユージュアル・サスペクツ』が非常に面白いのも、共通するテーマが、犯罪ものというまったく異なるジャンルで、カイザー・ソゼという虚像をめぐって緻密に検証されていくところにある。こうしたシンガーのこだわりの出発点は一体どこにあるのだろうか。


◆プロフィール◆
ブライアン・シンガー
1966年ニュージャージー生まれ。10代の頃から8ミリ映画を撮りはじめ、南カリフォルニア大学で世界中の映画を研究。卒業後、イーサン・ホーク主演の短編映画を製作し、これがサンダンス映画祭で審査員大賞を獲得した長編デビュー作『パブリック・アクセス』を撮るきっかけとなる。第2作である『ユージュアル・サスペクツ』でさらに注目を集め、今後の活躍を期待されている。
 

 


「もっと若い頃、ぼくは、両親のことを完璧な夫婦だと思っていた。とても愛し合っていて、リベラルで、自信に満ち、誠実で、素晴らしい関係だったんだ。ところが、そんなふたりが突然、離婚してしまった。それを見て、少しずつ両親も人間であることがわかってきた。弱くて傷つきやすく、思い込みに振り回されたりもする生身の人間だってことが。それから、ぼくの現実に対する認識が変わった。自分が見たり信じ込んだりしているものの背後にはもっと複雑なものがある。物事の表面ではなく背後にあるものについていつも考えるようになったんだ」

 シンガーの作品では、このような体験から見出されたテーマに加えてもうひとつ、映画に漂う謎めいたムードがとても印象に残るのだが、彼が敬愛する監督の話を聞くとその独特のセンスがよく見えてくる。

「スコセッシ、キューブリックにクロサワなど素晴らしい監督はたくさんいる。しかし、ぼくにとって、スピルバーグとクローネンバーグ、ピーター・ウィアの3人は特別な存在なんだ。彼らは、いろいろなタイプの映画を撮るけど、監督の冒険的な試みを通してリアリズムが謎や神秘に変容するという意味で共通しているんだ。『戦慄の絆』『フライ』『デッドゾーン』、『危険な年』『いまを生きる』『ピクニックatハンギングロック』、『未知との遭遇』『オールウェイズ』『ジョーズ』。特に『モスキート・コースト』は大好きな一本で何回も観た。ジャングルのなかに作られた巨大な機械がまるでモンスターのように見えてくるんだ。たとえば、スコセッシも好きだけど、彼の感性はもっと現実的で風刺的で、まったく違うタイプの監督なんだ。ぼくの作品は、映像のイメージや音楽の使い方など、明らかにこの3人に影響されている」

 それぞれに際立った個性を持ったこの3人の監督をまったく同列に並べ、熱っぽく語るあたり、いかにも新しい世代の監督を思わせる。彼は、これからも映画のジャンルなどにはこだわらず、様々な題材で自分のテーマと世界を切り開いていくことだろう。

 そんな彼の次回作は、何とスティーヴン・キングの『ゴールデン・ボーイ』の映画化だという。これほど彼に相応しい題材もないだろう。なぜなら、この小説では、モンスターに憧れるアメリカ人の少年とナチ戦犯の老人の異様な交流を通して、操る者と操られる者の関係が複雑に入り組んでいくことになるからだ。シンガーは、映画化にあたってストーリーをいくらか改変すると語っていたが、一体どんな虚像の力学を見せてくれるのか、想像しただけでもわくわくしてくる。


(upload:2009/01/31)
 
 
《関連リンク》
『パブリック・アクセス』 レビュー ■
『ユージュアル・サスペクツ』 レビュー ■

 
 
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