ヴィンセント・ギャロ・インタビュー
Interview with Vincent Gallo


1999年4月 恵比寿
バッファロー'66/Buffalo'66――1998年/アメリカ/カラー/118分/ヴィスタ/ドルビー
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(初出:「DICE」1999年N-29、若干の加筆)

コントロール・フリークの真実
――『バッファロー'66』(1998)

 監督、脚本、主演、音楽をひとりでこなした映画『バッファロー'66』が話題のヴィンセント・ギャロは、実にユニークな経歴の持ち主だ。 1961年、ニューヨーク州バッファローに生まれたギャロは、16歳で故郷を後にし、ニューヨークのアンダーグラウンドの世界に飛び込む。 以来彼は、ミュージシャンとしてバスキアとバンドを結成し、画家として個展を開き、プロのバイクレーサーになり、俳優としてエミール・クストリッツァやアベル・フェラーラの映画に出演し、 モデルとしてCFに登場し、ハイファイ機材の批評も手がけるなど、多彩な活動を繰り広げている。 『バッファロー'66』は、彼がそのマルチな才能を映画という表現に凝縮した作品といえる。

 ギャロはこの映画の成功によってこれまで以上に注目を集め、時の人となった観があるが、そんな彼が感情をむき出しにして批判するのが"トレンディー"映画だ。

「オレが嫌いなのは、ハーモニー・コリンの『ガンモ』みたいにトレンディーなだけの映画だ。コリンは最低のクソ野郎だし、 『ブギーナイツ』のポール・トーマス・アンダーソンやタランティーノも話にならない。あんな作品を作る連中は、人類の進化に貢献することもなく、商業主義に乗っかってるだけなんだ。 作品のコンセプトも映像言語も既成のものを焼き直しているにすぎない。日本人の観客は作品を見る眼を持っているけど、トレンディーなものに弱いところがあって、 コリンのダサい映画まで追いかけてしまうんだよ」

 ■■ギャロの独自の美学とは■■

 このコメントはあまりに感情的で、これだけではただトレンディーな映画と創造的な映画の違いは判然としないが、 ギャロは自分の表現に対して常に独自の美学というものを持っているように見える。たとえば彼は、俳優というものをアクターとムーヴィースターに分け、 演技者としてアクターではなくムーヴィースターであることを心がけているという。

「アクターというのは、俳優として認められるために何かを証明しなければならないような仰々しさがある。 演技にとりつかれているんだ。25年前にデ・ニーロが出てきたとき、彼はムーヴィースターだった。カリスマがあり、イカしてた。 でも演技にこだわりだして、どんどんアクターに変貌し、オレは耐えられなくなった。デ・ニーロになりたいっていう若い連中がたくさんいてうんざりするよ。 演技があまりにも芸術的になると映画のなかでは生きないんだ。その点、ウォーレン・ベアティは素晴らしかった。彼はどんな作品でも自然体でフィルムメイカーと協調関係を築き上げていた。 ムーヴィースターというのは、人類の進化のなかに無理なく適応しているコンセプトなんだよ」

 ギャロが頻繁に口にする"人類の進化"という言葉については首をひねる読者もいるかと思うが、 その意味するところについては彼の美学がもう少し明確になってからあらためて考えてみたいと思う。というのも彼は、これまで俳優として出演した映画については必ずしも満足していないからだ。

「オレはクストリッツァのそれまでの3作品を素晴らしいと思い、『アリゾナ・ドリーム』に出演したんだが、6ヶ月かけて撮影された27時間のオリジナル・カットが2時間に編集されたとき、 オレのパフォーマンスが台無しになってしまった。この苦痛は言葉にしがたい。アベル・フェラーラは独自のヴィジョンを持った本当に素晴らしい監督だと思う。 ただ『フューネラル』で残念だったのは、撮影中に彼のヤク中がどんどんひどくなっていって、彼が思い描くヴィジョンを完璧に表現できない状態になってしまったことだ。 オレは監督として個々のパフォーマンスから最良のものを引きだす能力を持っているし、『バッファロー'66』では映画を自分で完璧にコントロールすることができた」

 ■■不毛なサバービアの恐怖■■

 『バッファロー'66』の物語は、ギャロ扮する主人公ビリーが、5年の刑期を終え、自由の身になるところから始まる。 彼はバッファローの両親の家に戻ろうとするが、両親に電話したときに厄介な問題を抱え込んでしまう。結婚して政府の仕事で遠くへ行くことになったと嘘をついていた彼は、 話の成り行きで妻を連れて帰ると口走ってしまうのだ。困り果てた彼は、ダンススクールのレッスンに来ていた見ず知らずの娘レイラを拉致し、妻に仕立てようとする。 映画はそんな滑り出しから風変わりなラブ・ストーリーへと発展していくことになる。

 このドラマには、バッファローで生まれ育ったギャロの実体験が反映され、映画の中心的な舞台となる家は、かつて彼と両親が実際に暮らしていた家が使われている。 そんな映画からは、テレビにファミリー・レストラン、ボーリング場、ストリップクラブくらいしか娯楽がなく、 ヒーローになりたかったらボーリングの腕を磨くしかないようなサバービア(郊外住宅地)の日常が浮かび上がってくる。

「オレは低所得者たちが暮らすバッファローのサバービアで育った。映画に出てくるあの家だ。そこにあるものはすべてくだらない。 若い頃は、セックスとか盗みのような犯罪がとても刺激的に見えた。なぜならどいつもこいつも、ソファーに座ってテレビにかじりついているだけだから。 本当に悲惨な世界だった。バッファローでは一年の半分が雪との戦いなんだ。だから女のパンティを脱がしたり、物を盗んだりするしかないんだ。恐ろしい町だよ。本当に恐ろしい」

 映画のなかで、家に戻ったビリーに対する両親の態度は決して暖かいものではない。母親はテレビのアメフトに熱中し、父親の態度には息子に対する敵意が見え隠れする。 そんな家族の姿から察せられるギャロの少年時代は明るいものとは言いがたいが、ニューヨークに自分の居場所を見出した彼は、なぜそんな過去を振り返ろうとするのだろうか。

「オレはひとりの人間として自分がそれほど面白い人間だとは思わない。ばかげたエゴやコンプレックス、怒りや強迫観念にいつも振り回されている。 しかし明確なヴィジョンを持った映画を作ることによって、そんな自分というものを乗り越えられると思う。そこにオレが映画を作ろうとする動機があるんだ」

 ■■コントロールする欲望の原点■■

 サバービアの生活は、いろいろな意味でギャロの創作に影響を及ぼしているように思える。たとえばそれは、主人公ビリーの潔癖症ともいえる性格だ。彼は出所直後に尿意をもよおすが、 少しでも人目があると用が足せないらしく、必死にトイレを探しつづける。レイラを拉致した彼は、彼女のクルマに乗り込むときにフロントガラスの汚れに気づき、 緊迫した状況であるにもかかわらず、彼女にきれいにするよう命じる。さらに彼は、自宅のベッドルームから仲間に電話した後で、ベッドカヴァーの皺をきれいにのばすのだ。

「まず最初に、そのことに触れてくれたことにお礼を言うよ。これまでのインタビューで一度も尋ねられたことがなかったから。オレは病的な習慣について考えていたんだ。 もしオレがああいうとんでもない両親と生活していたら、どんな習慣が生まれることになるかってことだ。これは、怒りに駆られる人間がどうやって体系的に自分をコントロールし、 人生の苦痛を生き延びる道を探し出すかという社会学的なコンセプトに基づいている。仲間に電話した後の主人公の行動はまるで精神病者だが、それは同時に自分をコントロールする行為でもあるんだ」


◆プロフィール
ヴィンセント・ギャロ
1961年ニューヨーク州バッファロー生まれ。78年、16歳で故郷を離れ、ニューヨークへ。8ミリ映画に出演したり、NYの路上で出会ったバスキアと "いうバンドを組み、Mudd Clubで演奏する。その後、自分のバンドの演奏を兼ねてヨーロッパを旅行。そこで画家のフランチェスコ・クレメンテや、 ベルトルッチ監督と仕事をしているヴィクトル・キャバロと知り合い、ヨーロッパでの活動の基盤を作る。
 80年代に入り、2本の短編映画『The Gunlover』(81)、『If You Feel Crazy Froggy, Jump』(82)を監督。エリック・ミッチェル監督の『The Way It Is』(83)で長編映画に初出演すると同時に、 サントラのスコアも担当し、83年ベルリン映画祭で最優秀オリジナル音楽賞を受賞。87年にロバート・クレイマー監督の『Doc's Kingdom』に出演。 その後、90年代に入って本格的に映画俳優としてのキャリアをスタートさせる。マーティン・スコセッシ監督の「グッドフェローズ」(90)に端役で出演した後、 エミール・クストリッツァ監督「アリゾナ・ドリーム」(92)、ビレ・アウグスト監督の「愛と精霊の家」(94)、アベル・フェラーラ監督の「フューネラル」(96)など個性派監督の作品に出演している。
(『バッファロー'66』プレスより引用)
 
 
 
―バッファロー’66―

◆スタッフ◆
 
監督   ヴィンセント・ギャロ
Vincent Gallo
脚本 ヴィンセント・ギャロ、アリソン・バグノール
Vincent Gallo, Alison Bagnall
製作 クリス・ハンレイ
Chris Hanley
製作 マイケル・パセオネック、ジェフ・サックマン
Michael Paseornek, Jeff Sackman
撮影監督 ランス・アコード
Lance Acord
編集 カーティス・クレイトン
Curtiss Clayton
音響 ヴィンセント・ギャロ
Vincent Gallo

◆キャスト◆

ビリー・ブラウン   ヴィンセント・ギャロ
Vincent Gallo
レイラ クリスティナ・リッチ
Christina Ricci
ジャン・ブラウン アンジェリカ・ヒューストン
Anjelica Huston
ジミー・ブラウン ベン・ギャザラ
Ben Gazzara
グーン ケヴィン・コリガン
Kevin Corrigan
ウェンディ ロザンナ・アークエット
Rosanna Arquette
呑み屋 ミッキー・ローク
Mickey Rouke
ソニー ジャン=マイケル・ヴィンセント
Jean-Michael Vincent
(配給:キネティック)
 
 
 
 
 

 このコメントはとても興味深い。ギャロはアメリカのあるインタビューで、自分のことを"コントロール・フリーク"というように表現している。 これは、自分がすべてを完璧にコントロールすることを求めるということであり、もちろんクリエイターであれば誰もが求めるものではあるのだが、ギャロの場合には、 この完璧なコントロールということがもっと特別な意味を持っているように思える。彼には、コントロールに対するオブセッションがあり、それが映画の主人公の心理から映像表現にまで深い繋がりを持って反映されている。 この映画では、ビリーとレイラ、彼の両親の4人が食卓を囲む場面、ビリーがファミリー・レストランで昔の彼女に遭遇する場面、ビリーとレイラがスピード写真を撮る場面などで、画面を切り取る構図が緻密に計算され、 登場人物たちの感情の軋みや距離感が巧みに強調されているのだ。

「オレはフィルムメイカーになる前に画家をやっていた。絵画におけるオレの言語は、構図やコントラスト、色彩であり、それは映画の表現に直接翻訳されている。 オレは撮影監督のスタイルを完全に排除し、構図とかをすべて自分で決めてから現場に撮影監督を入れるんだ。この映画では最終的に3人のカメラマンを使うことになったが、映像の違いはまったくないはずだ。 なぜなら、現場で撮影したのはカメラマンであっても、最終的な映画を撮っているのはカメラマンではないからだ。オレは撮影が終わってから1年かけてそのフィルムをどのように発展させるか考え、大きく手を加えている。 だから、この映画を観て撮影が素晴らしいと言われることがあるが、それは撮影ではなく、様々な要素がまとめあげられた映画なんだ」

 ギャロが撮影後のフィルムを具体的にどのように発展させているのかということに話を進める前に、筆者が興味をおぼえるのが、ギャロとデイヴィッド・リンチの感性の共通点だ。 リンチもその独特の感性の出発点に(特に50年代の)サバービアの世界があり、また画家であることが映画に少なからぬ影響を及ぼしている。そういう意味で、ギャロがリンチの映画をどう見るのかぜひ尋ねてみたいと思ったのだが、 彼はこれまでにまったく別の次元でリンチとの共通点をうんざりするほど指摘されているらしく、リンチの名前をあげただけでこんな答が返ってきた。

「オレはリンチをフィルムメイカーとしても人間としてもまったく好きになれない。彼の作品はほとんど観ていないが、『イレイザー・ヘッド』は耐えがたい。 オレは7千本の映画のヴィデオをコレクションしているが、そのなかのどんな監督や映画の影響も受けていない。映画はあくまでファンとして観るんだ。野球だったらオレはミッキー・マントルが好きだったが、 自分が野球をやることになってもマントルと同じようにプレイするわけじゃない。自分が野球はこうあるべきだというプレイをするんだ。映画に風変わりなキャラクターが登場すると、みんながそろってリンチの影響だという。 しかし、あのクソ野郎があの胸くそ悪くなる作品でデビューする前から映画にそんなキャラクターは存在していたんだ」

 ■■ギャロが試みる映像と音楽の冒険■■

 風変わりなキャラクターが登場するだけでリンチの影響にされては確かにたまったものではないが、筆者としては、サバービアで培われた感性が視覚的にどのような発展を見せていくのかという意味で、 ふたりの世界を対比してみるのは面白いと思う。共通する背景から発展する方向性の違いがより明確になるからだ。ギャロがこの映画で試みる映像の冒険は明らかにリンチとは違う。

「この映画は、テレビで放映されるときに構図や色彩がどのように変わるのかということまで計算して作ってある。普通の映画作りでは絶対に無理なことをやっているんだ。 フィルムをテレビのフォーマットに変換するために、1時間で800ドルもとられるパネル・スキャンという装置を使い、4週間と4万ドルを費やして、テレビにもフィットする作品に仕上げた。 この映画はある意味では、テレビやヴィデオで観た方が完璧という部分もある作品になっている。パネル・スキャンというのは、普通は最初の2分くらいで色調などを調節して、単純に映画をテレビのフォーマットに変えるだけの装置だが、 オレはそれで毎日自分の映画を見つづけ、すべてのカットの構図や色調について細かくメモをとり、調整していった。だからどのカットも違う色を持っているし、完璧で美しいんだ。 それはもう撮影監督が撮った映像とはまったく違うものになっているんだ」

 多くの映画監督は、映画とテレビを別のメディアと考えていると思うが、ギャロはそこに境界を設けることなく、映画をテレビと結びつけることによって、自分が完璧にコントロールすることができる環境を作りあげてしまう。 このようなテレビに対する意識は、誰もがテレビにかじりついているサバービアの生活を彼が嫌悪していたことを考えると意外な気もするが、彼の膨大なヴィデオのコレクションが物語るように、 彼にとって映画とテレビやヴィデオは非常に近いところにあるメディアなのだ。

 そんなふうに既成の境界を消し去ってしまうようなアプローチは、音楽に対する彼の感性にも現れている。『バッファロー'66』のサントラでは、ギャロ自身の音楽とキング・クリムゾン、 イエスやスタン・ゲッツが違和感なく並んでいるのが印象に残るが、音楽生活の方でも彼はそのコントロール・フリークぶりを遺憾無く発揮している。

「オレは1万5千枚のアルバムを持っていて、そのジャンルは何でもありだ。この2、3年のあいだでオレがいちばん面白かったことは、アメリカをクルマで横断したことだ。ニューヨークとロスを往復するんだ。 その途中でレコード屋に立ち寄って、持ってないアルバムは片っ端から買いまくる。カントリー&ウエスタン、クラシック、ポップス、ディスコ、持ってなければ何でも買う。 それから家に戻って、全部聴いて、最高の曲や曲の一部、瞬間だけをテープに再編集する。つまらないレコードから最高の瞬間をとらえたテープが出来上がるのさ。 それは最高にファンタスティックだ。どんなつまらない曲にもイケてる瞬間ていうものがあるってことさ」

 ギャロにとって、「人類の進化」に貢献する表現とは、これまでにない独自の言語をあみ出すことだといってよいだろう。彼は、好きな監督としてブレッソンやパゾリーニとともに小津をあげ、こんなふうに語る。

「オレは昔、パリで行われた小津の回顧上映に20日間毎日通い、40本の作品を観た。字幕はフランス語だから、言葉などはまったくわからないし、あらすじのパンフもなかった。でもそれはオレの人生のなかで最高に素晴らしい瞬間だった」

 『バッファロー'66』で、主人公ビリーは、潔癖症の習慣によって自己をコントロールしようとし、ギャロは、監督、脚本、主演、音楽のみならず、撮影までも完璧にコントロールする。 この映画の言語をユニークなものにしているのは、不安定な自己を乗り越え、世界との調和を求めようとするギャロの強烈なオブセッションなのだ。

 
 
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