ガーゴイル
Trouble Every Day  Trouble Every Day
(2001) on IMDb


2001年/フランス=日本/カラー/100分/アメリカン・ヴィスタ/ドルビーデジタルDTS
line
(初出:『ガーゴイル』劇場用パンフレット、若干の加筆)

 

 

二組の男女をめぐる“相似”と“対照”が炙り出す
欲望、本能、苦痛、恐怖、そして愛のかたち

 

 パリ生まれの女性監督クレール・ドゥニの存在は、『パリ、18区、夜。』や『ネネットとボニ』といった作品によって日本でも確実に認知されつつある。だが、彼女の新作『ガーゴイル』は、これまでの作品とはかなり趣が異なるだけに、戸惑いを覚える人もいるかもしれない。

 筆者がそんな違和感を覚えるまえに、この映画の世界にすんなりと入り込んでしまったのは、実はヴィンセント・ギャロの存在によるところが大きい。といっても、彼が『ネネットとボニ』を含めてドゥニ作品にすでに何度か出演し、信頼関係が作品に現れているというようなことではない。

 ギャロは、『フューネラル』で組んだアベル・フェラーラ監督とも親しい。そのフェラーラには『アディクション』という異色の作品がある。この映画では、哲学を専攻する女子大生が、ニューヨークの裏通りで謎の女に襲われ、血を吸われたことから吸血鬼になる。吸血鬼であることは麻薬中毒者のように彼女を支配する。しかし、これはホラー映画ではない。ホラー的なドラマは至るところで破綻し、快楽と苦痛に蝕まれる肉体と精神が限界に達したとき、彼女は信仰に目覚める。

 『ガーゴイル』もまた、ホラーというジャンルを強く意識した作品ではあるが、ホラー映画ではない。そんなフェラーラのアプローチにも通じるこの題材は、ギャロを刺激したに違いない。そういう意味で、彼はこの主役に相応しい俳優といえる。

 『ガーゴイル』が描くのは、人間の愛と欲望、そしてその源をたどるなら罪でもある。シェーンはかつてレオとコレが進めていた研究の将来性に瞠目し、共同研究者となった。ところが、コレの存在に魅了され、彼女とともに自分を研究の実験台にし、恐ろしい病にかかってしまう。

 そんな彼は、自分が背負った宿命を明らかにするために、パリでふたりを探し出そうとする。そこから浮かび上がるのは、瞬間的に燃え上がった禁断の愛と夫婦という関係で持続される愛の相克とは次元を異にする壮絶な葛藤だ。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   クレール・ドゥニ
Claire Denis
脚本 ジャン=ポール・ファルジョー
Jean-Pol Fargeau
撮影 アニエス・ゴダール
Agnes Godard
編集 ネリー・ケティエ
Nelly Quettier
音楽 ティンダースティックス
Tindersticks
 
◆キャスト◆
 
シェーン   ヴィンセント・ギャロ
Vincent Gallo
ジューン トリシア・ヴェッセイ
Tricia Vessey
コレ ベアトリス・ダル
Beatrice Dalle
レオ アレックス・デスカス
Alex Descas
クリステル フロランス・ロワレ=カイユ
Florence Loiret-Caille
エルヴァン ニコラ・デュヴォシェル
Nicolas Duvauchelle
-
(配給:キネティック)
 

 ドゥニは、具体的なストーリーを軸に自分の世界を表現するタイプの監督ではないので、言葉で語られる彼らの過去にそれほどこだわる必要はない。すべては現在のなかで主人公たちに起こることに凝縮されている。この二組の男女の関係には、相似的な要素と対照的な要素があり、それらが絡み合うことによって、過去への視野も自ずと広がっていくことになる。

 まず、致命的な病におかされたコレとシェーンがいて、ふたりにはそれぞれに彼らのことを心から愛している伴侶がいる。コレは郊外の屋敷に幽閉されているが、隣人の若者たちがそこに侵入しようとしている。シェーンはホテルに滞在しているが、その部屋にはメイドが出入りしている。この若者たちとメイドがたどる運命を考えるなら、これらの要素は相似形をなしているといえる。

 しかし一方では、病が愛と深く結びついているため、それぞれの病の進行状態の違いが、愛の始まりと終わりという対照を際立たせる。シェーンは、ジューンと出会ったことで生まれた愛が、自分への怯えにかわろうとしている。コレは、愛も病も末期的な状態にあり、欲望に突き動かされながら自らの死を望んでいる。

 二組の男女をめぐるこの相似と対照は、彼らの愛と苦痛をさらに深くえぐりだす。シェーンが、ジューンと交わろうとしながらも、最後までいくことができず、バスルームに駆け込んで自分を慰めるとき、あるいは、メイドに襲いかかって、その性器を食いちぎるとき、そこには、コレが通過してきた体験、彼女の欲望や苦痛がダブって見えてくる。そしてもちろん、シェーンはコレの運命に自分の未来を見ることになる。

 この映画は、レオとコレ、シェーンとジューンという二組の男女の愛のかたちを描くと同時に、苦痛や恐怖を共有するコレとシェーンの愛のかたちを描いてもいるのだ。


(upload:2012/06/15)
 
 
《関連リンク》
ヴィンセント・ギャロ・インタビュー 『バッファロー'66』 ■

 
 
amazon.co.jpへ●
 
ご意見はこちらへ master@crisscross.jp