グランドフィナーレ
Youth


2015年/イタリア=フランス=スイス=イギリス/カラー/121分/スコープサイズ/5.1chデジタル
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(初出:『グランドフィナーレ』劇場用パンフレット)

 

 

欲望が導く喪失からの解放

 

[ストーリー] 世界的にその名を知られる、イギリス人の音楽家フレッド・バリンジャー。作曲とオーケストラの指揮に人生を捧げてきたが、80歳を迎えた今はすべてから引退し、ハリウッドスターや元一流サッカー選手などセレブが宿泊するアルプスの高級ホテルで優雅なバカンスを送っている。長年の親友で映画監督のミックも一緒だが、現役にこだわり続ける彼は、若いスタッフたちと新作の構想に没頭中だ。

 そんな中、フレッドに英国女王からの出演依頼が舞い込む。名誉ある舞台を、なぜか頑なに断るフレッド。その理由は、娘のレナにも隠している、妻とのある秘密にあった。しかし、レナとミックという大切な存在に、人生最大の試練が降りかかったことから、フレッドは最後のステージに立つことを決意するのだが――。[プレスより]

[以下、本作のレビューになります]

 パオロ・ソレンティーノの新作『グランドフィナーレ』の冒頭には、引退した音楽家フレッドと女王の特使が対面する場面があるが、彼らの会話はなかなか興味深い。フレッドは、君主制が大変に危ういと思う理由を、一人が消えると突然に世界中が変わってしまうからだと説明したあとで、結婚も同じだと付け加える。その発言は、間接的に彼自身のことを物語っている。彼は昔は妻とホテルに来ていたが、その妻が消えたことで世界が変わり、無感動、無気力に陥った。

 この映画に登場する主人公たちは、それぞれに世界が変わってしまうような喪失と向き合うことになる。遺作の準備を進める映画監督ミックの喪失体験は終盤に訪れる。ミックにとって大女優ブレンダは運命を共にする同志だったはずだが、ホテルに現れた彼女は思いも寄らない本音を吐露する。フレッドの娘レナは、夫のジュリアンをパロマ・フェイスに奪われ、どん底の状態でこれまで抑え込んできた激しい感情を父親にぶつける。

 では、ハリウッドスターのジミーの場合はどうか。彼は喪失と無関係のように見えるが、ソレンティーノは独特の話術でそれを暗示している。まず注目したいのは、ジミーがフレッドに、ノヴァーリスを読んで悟ったと語ることだ。ドイツの詩人・作家ノヴァーリスは12歳の少女ゾフィーと出会い、婚約するが、彼女は15歳で夭逝し、その喪失体験が彼の創作に多大な影響を及ぼす。ソレンティーノは間違いなくそのことを意識している。だから、ジミーの前に一人の少女が現れ、誰も観ていない彼の出演作のことを語り出すのだ。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   パオロ・ソレンティーノ
Paolo Sorrentino
撮影 ルカ・ビガッツィ
Luca Bigazzi
編集 クリスティアーノ・トラヴァリョーリ
Cristiano Travaglioli
音楽 デヴィッド・ラング
David Lang
 
◆キャスト◆
 
フレッド・バリンジャー   マイケル・ケイン
Michael Caine
ミック・ボイル ハーヴェイ・カイテル
Harvey Keitel
レナ・バリンジャー レイチェル・ワイズ
Rachel Weisz
ジミー・トリー ポール・ダノ
Paul Dano
ブレンダ・モレル ジェーン・フォンダ
Jane Fonda
本人 スミ・ジョー
Sumi Jo
本人 パロマ・フェイス
Paloma Faith
本人 マーク・コズレック
Mark Kozelek
ヴァイオリニスト ヴィクトリア・ムローヴァ
Viktoria Mullova
Luca Moroder Robert Seethaler
Queen’s Emissary Alex Macqueen
Young Masseuse Luca Zimic Mijovic
-
(配給:ギャガGAGA★)
 

 しかし、その符合によってジミーをノヴァーリスに重ねようとしているわけではない。そこにはもう一つの符合がある。少女が観た映画のなかで、ジミーは自分の息子に会ったことのない父親を演じていた。そして、ジミーがノヴァーリスを読んで心に残ったのは、「私は常に帰る、父の家へと帰る」という言葉だった。それらを踏まえるなら、ジミーには親子の関係をめぐる喪失が影響を及ぼしていると想像することができるだろう。

 そんな4人の主人公たちは、喪失と向き合い、それぞれの道を選択していく。だが、彼らの選択に話を進める前に、触れておかなければならないことがある。それは、この映画にちりばめられた多様な欲望の表現だ。彼らの選択と欲望の表現は密接に結びついている。

 フレッドが最初に女王の特使と話をするとき、彼は新聞に載ったミス・ユニバースの写真を見る。そして、ヴェネチアのサン・マルコ広場で彼女とすれ違い、水没によって溺れかける奇妙な夢を見る。そのミス・ユニバースは彼の記憶にも影響を及ぼしている。フレッドがミックと出歩くたびに、ギルダの話題を持ち出すようになるからだ。ギルダとは彼らの幼なじみの女性で、二人が共に憧れ、フレッドは20年間も彼女と寝たいと思い続けていたらしい。

 フレッドを担当するマッサージ師の女性の存在も見逃せない。彼女はフレッドの肉体に触れることで、心の動きまで感じ取り、彼も触れられることが刺激になっているように見える。レナにとって、ジュリアンがベッドで最高という理由でパロマ・フェイスを選んだことは、これ以上ない屈辱に違いないが、やがてそれが彼女の目覚めを促すことにもなる。フレッドとミックが賭けの対象にしていた無言の男女も、ただ言葉を交わすのではなく、欲望に突き動かされて声を轟かせる。

 さらにソレンティーノは、異なる欲望も掘り下げている。マラドーナを彷彿させる元サッカー選手は、肉体が衰えているにもかかわらず、テニスコートに転がっているボールを目にして、リフティングをやらずにはいられなくなる。フレッドも誰も見ていない牧草地で、牛の楽団を指揮してみせる。スポーツ選手も音楽家も、引退したからといって内なる欲望が消え去るわけではない。

 喪失と向き合う主人公たちは、そうした多様な欲望によって変化し、それぞれの選択がラストの「シンプル・ソング」に集約されていく。この曲はすべての支配からの解放を表現しているが、では彼らはどのように解放されるのか。

 ジミーにとってフレッドやミックは父親的な存在であり、彼はそんな関係を通して心を開き、ミス・ユニバースに対する態度に表れていたようなシニシムズから脱却していく。彼はラストで、演奏会場の客席から父親を見つめているといってもいいだろう。レナは父親との確執を解き、自由に目覚めていく。

 ミックにとっては映画がすべてであり、映画以外に自分が生きられる場所はない。だから、これまでミックが生み出してきたヒロインたちが彼を迎えるように現れ、彼は映画という唯一の世界に帰っていく。レナから音楽しか頭になかったと責められたフレッドは、音楽以外の世界が彼を作り、いまもそこに生きていることを実感し、過去という檻から愛を解き放つ。彼らはそれぞれに欲望に目覚め、それを肯定し、喪失を乗り越えていくのだ。


(upload:2016/10/21)
 
 
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