4人の食卓
The Uninvited


2003年/韓国/カラー/126分/シネマスコープ/ドルビーデジタル
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(初出:「Cut」2004年5月号、映画の境界線33より抜粋のうえ加筆)

韓国社会を徹底的に解剖する野心的ホラー映画

 韓国の女性監督イ・スヨンの長編デビュー作『4人の食卓』は、体裁はホラー映画だが、その緻密な構成と象徴的な映像には、韓国社会を徹底的に解剖しようとする野心が表れている。

 結婚を間近に控えたインテリア・デザイナーのジョンウォンは、林立する高層住宅と未開発の丘陵がコントラストをなすニュータウンに暮らしている。ある日、地下鉄で帰宅する間に居眠りをしていた彼は、慌てて下車した後で、座席で眠ったままの二人の子供の存在に気づく。だが、駅員に知らせることもなく帰宅してしまう。その翌日、彼はニュースで地下鉄の車内から二人の子供の死体が発見されたことを知る。

 そして奇妙なことが起こる。ジョンウォンが目撃した子供たちの霊が、彼の家の食卓に現れる。だが、彼の婚約者にはそれが見えない。その霊の存在は、最初は彼の罪悪感と結びついているように見える。だが、ニュースの続報で、子供たちが母親に毒殺されたことが明らかになっても、霊は消え去らない。子供の頃に事故にあった彼は、7歳までの記憶がないが、次第に断片的に甦る悪夢にも悩まされるようになる。

 やがてジョンウォンは、同じように子供たちの霊が見える女性ヨンに出会う。母親が霊媒師だった彼女には、過去を見る能力があった。そんなヨンの力で、彼のなかに、貧しい平屋が密集する少年時代の世界が甦る。しかし、彼と暮らす父親と妹は現在の家族とは別人だ。父親は彼に暴力を振るい、妹は怯えている。彼はその苦しみから逃れるために、取り返しのつかない過ちを犯してしまう。こうして過去は甦るが、それはある意味で序章に過ぎない。

 この物語が目指しているのは、真実を明らかにすることではない。甦った過去を当人が受け入れれば、それは真実になるが、受け入れるとは限らない。それを信じるかどうかで、過去は真実にも虚構や妄想や幻想にもなる。実際、ジョンウォンとヨンの周囲では、真実と虚構のすり替えが繰り返されている。

 ヨンは以前に、育児ノイローゼになった友だちが、高層住宅のベランダから彼女の息子を落として死なせるという悲劇に見舞われ、事件の裁判が始まっている。その裁判の裏では、ヨンの夫が、事件の証人であるマンションの管理人に強請られている。そしてこの夫は、いつも信じ難い話を繰り返す妻よりも、管理人の言葉を信じ、手を打つ。つまり、妻を守ると同時に裏切ってもいる。

 一方、聖職者であるジョンウォンの父親は、新しい教会を建てるために、息子の婚約者の父親から資金援助を受けていた。そんな父親は、息子の過去の問題で波風が立つよりも、教会の繁栄を望んでいるように見える。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   イ・スヨン
Lee Soo-Youn
撮影 チョ・ヨンギュ
Cho Yong-Kyu
編集 キョン・ミノ
Kyung Min-Ho
音楽 チャン・ヨンギュ
Jang Young-Kyu
 
◆キャスト◆
 
ヨン   チョン・ジヒョン
Jeon Ji-Hyun
ジョンウォン パク・シニャン
Park Shin-Yang
ヒウン ユ・ソン
Yu Sun
ジョンウォンの父 チョン・ウク
Jung Wook
ジョンスク キム・ヨジン
Kim Yeo-Jin
-
(配給:東芝エンタテインメント )
 

 ジョンウォンには、甦った過去が事実であることを確認する手立てがない。あとは信じるかどうかだが、この緻密なドラマには、彼が過去を信じることが、ヨンを疑うことに通じるような皮肉が埋め込まれている。

 甦った過去には、こんな体験も含まれている。幼児が清掃車に轢かれるのを目撃した少年ジョンウォンは、消えた幼児を探し回る住人たちに、下水溝を指し示す。運転手が死体を隠して逃げたのを知っていたからだ。ところが、住人たちはそれを特別な能力だと誤解する。彼の父親はそんな息子を、特別な能力を持つ教祖に祭り上げ、稼ごうとする。つまり彼は、特別な能力が幻想であることを身をもって体験している。だから、ヨンの特別な能力によって甦った過去を受け入れることについて、激しい葛藤を強いられる。

 この映画は、ジョンウォンとヨンという個人をめぐる物語のように見えるが、それは正しくない。見逃せないのは、落ちる、あるいは崩れ落ちるイメージが繰り返され、強調されていることだ。

 映画の導入部で、ジョンウォンは、手抜き工事が原因で天上から落ちてきた廃材で、額を縫うけがをする。この傷は明らかに子供たちの霊と結びついている。嗜眠症(ナルコレプシー)であるヨンは、路上や車内など至るところで発作に襲われ、崩れ落ちる(チョン・ジヒョンの演技は、まさに崩れ落ちるという表現が相応しい)。ヨンの息子はベランダから落とされる。ヨンには、マンションから身を投げ、落ちていく女と目が合った経験がある。

 こうしたイメージは、94年の聖水大橋の崩落や95年の三豊デパートの倒壊に代表されるような一連の建造物の崩壊事故、さらには、IMFの支援をあおぐことになった97年の経済危機などを暗示している。急激な経済成長の後には様々な歪が現れる。

 ではこの映画は、ジョンウォンとヨンの物語と現代社会を結びつけることによって、なにを語ろうとするのか。額に傷を負ったジョンウォンに対して、婚約者や親しい同僚は、「痕が残らなければいい」という言葉を判で押したように繰り返す。多くの人々や社会は、真実や原因を追究して明らかにすることよりも、表面的に問題がないことを求め、選択する。この映画の中心的な舞台となる人工的なニュータウンの幸福は、現実的な意味もあるが、特に象徴的な意味でいつ崩れるかわからない脆弱な基盤に支えられている。それがこのホラー映画が描き出す恐怖なのだ。


(upload:2009/06/30)
 
 
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