子猫のお願い
Take Care of My Cat  Neko wo onegai
(2001) on IMDb


2001年/韓国/カラー/112分/ヴィスタ
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(初出:「CD Journal」2004年6月号 夢見る日々に目覚めの映画を33より抜粋のうえ加筆)

 

 

彼女たちが未来に踏み出すために断ち切るもの

 

 韓国の新人女性監督チョン・ジェウンの長編デビュー作『子猫をお願い』には、高校を卒業した仲良し5人組が、お互いの変化に戸惑いながら、それぞれの未来を選択していく姿が描き出される。ヘジュ、ジヨン、テヒ、ピリュ、オンジョの5人は、ソウルから電車で1時間ほどのところにある港湾都市、仁川(インチョン)に暮らし、地元の女子商業高校に通い、いつもつるんでいた。だが高校を卒業し、彼女たちが異なる道を歩み出すと、友情は次第に揺らいでいく。

 5人のなかで、華僑の家庭に育った双子のピリュとオンジョは、アクセサリーの露店で生計を立て、いたってマイペースだ。問題は他の3人だ。ソウルの証券会社に就職し、モダンな高層ビルのオフィスで働くヘジュは、高校時代に友人に対して優越感を隠さない。一方、そのヘジュと対立していくことになるジヨンは、対照的な立場にある。両親を早くに亡くし、祖父母と崩壊寸前のバラックに暮らす彼女は、独学で身につけたデザインの能力を生かせる仕事につきたいと思っているが、生活していくための就職すらままならず、友人に借金するほどせっぱ詰まっている。

 そして、このふたりの関係を繋ぎとめようとするのがテヒだ。彼女は、ワンマンで理解のない父親に反発を覚えながらも、家業のサウナ店を手伝っている。そんな彼女は、"ここではないどこか"を求めているが、漠然とした夢だけを追いかけているわけにもいかず、いまは小児麻痺の障害のある青年詩人の家に通い、口述筆記のボランティアをしている。

 この映画で、彼女たちの高校時代が描かれるのは、冒頭の非常に短い場面だけだが、それでも当時の彼女たちの関係を察することができる。5人の中心になっているのは、ヘジュとジヨンだ。ふたりは一番仲がいい。双子は同じようにマイペースだ。そしてテヒはといえば、記念撮影でカメラマンをつとめていることが暗示しているように、彼女は自分を押し出すのではなく、一歩引いている。

 では、一番仲がよかったヘジュとジヨンは、なぜ対立するようになったのか。映画は何も具体的な理由を説明していないが、それを察することはできる。ヘジュとジヨンは、違う意味で人を惹きつけるような魅力を持っていた。それは、彼女たちが同じ制服を着ている間は、少なくとも対等なものだった。しかし、制服が消えてしまうと、その違いが明白になる。

 というと、貧富の差を意味しているように思われるかもしれないが、そういうことではない。ヘジュは、容姿や社交性に恵まれているが、就職でものをいうのは何よりも学歴であり、自分は単に商業高校卒という学歴の人間でしかないと決めつけ、最初から自分を見限っている。そんな彼女は、デザインの能力という学歴以外のものを持っているジヨンにコンプレックスを抱いているのだ。


◆スタッフ◆

監督/脚本   チョン・ジェウン
Jeong Jae-eun
撮影 チェ・ヨンファン
Choi Yeong-hwan
編集 イ・ヒョンミ
Lee Hyeon-mi
音楽 M&F

◆キャスト◆

テヒ   ペ・ドゥナ
Bae Doo-na
ヘジュ イ・ヨウォン
Lee Yo-won
ジヨン オク・ジヨン
Ok Ji-young
ピリュ イ・ウンシル
Lee Eung-sil
オンジョ イ・ウンジュ
Lee Eung-joo

(配給:ポニー・キャニオン×オフィス・エイト)
 
 
 


 ヘジュの誕生日に5人が集まったとき、ジヨンは猫を手作りの箱に入れてプレゼントする。その箱の装飾に気づき、言葉にするのはテヒだが、最初に箱を受け取ったヘジュがそれに気づかないはずはない。彼女はコンプレックスゆえにそれを無視する。ヘジュは、ジヨンの気持ちを逆なでるような態度をとるようになるが、厳密にいえば彼女を敵視しているのではない。ヘジュは、高校時代のように対等になれるものを求めている。そして、再び対等になれれば、ジヨンの手助けすらしたいと思っている。だが、証券会社に就職したとはいえ、彼女は雑用係に過ぎない。それでもすぐに結果がほしい彼女は、上司にへつらい、容姿と社交性だけで機会をつかもうとする。服に金をつぎ込み、見せかけだけでもキャリア・ウーマンになろうとする。しかしそれだけでは、実力で勝負する新入社員に追い越されていくことになる。

 高校時代の短い場面はもちろん、テヒのドラマでも意味を持つ。もし、ヘジュとジヨンの間に対立が生まれなければ、彼女は高校時代と同じように、一歩引いたところからふたりを見ていただろう。そしてもしかすると、未来に踏み出す糸口を見出すこともなかったかもしれない。高校時代のテヒにとって、5人の中心であるヘジュとジヨンの輝きは同じようなものであったはずだ。そんな彼女は、対立するふたりの双方と一対一で向き合い、彼らの輝きの違いに気づき、一歩引くのではなく、積極的な行動をとるようになる。5人のなかで、ソウルに引っ越したヘジュのマンションとジヨンのバラックを訪れるのは彼女だけだ。テヒは、自分のために行動するわけではないが、それはやがて自分に繋がっていく。

 さらに、5人の主人公たちの親子関係にも注目すべきものがある。双子と親の関係に具体的な説明はないが、仁川には祖父が暮らしているだけで、母親(あるいは両親)は中国にいるらしい。ヘジュは、両親が離婚し、彼女が信頼している家族は姉だけである。ジヨンは、先述したように早くに両親を亡くし、祖父母と暮らしている。事情はそれぞれだが、そんな背景があるために、彼女たちは親離れし、独立心を持っている。これに対して、テヒだけが両親と暮らし、彼女はワンマンな父親に振り回されている。高校時代から彼女が5人のなかで一歩引いているのは、こうした親子関係の違いとも無縁ではない。映画の結末はそれを物語っているといえる。

 このドラマの舞台は、仁川とソウルだが、そのふたつの世界をとらえる映像には、チョン・ジェウン監督の非凡なセンスが表れている。特に5人が仁川に集合し、そこからソウルに至るまでの風景の変化は素晴らしい。車窓の風景は、巨大なクレーンが並ぶ港湾施設から工場地帯に変わり、トンネルを抜けると、洗練された大都市が姿を現す。われわれは、その光景を複数の視点で見ることになる。ヘジュにとってそれは、未来に踏み出すための唯一のルートであり、実際にソウルのオフィスで働く彼女にまだその先があるとすれば、英語での電話のやりとりが暗示するように、アメリカくらいのものだろう。どん底でもがいているジヨンには、風景の変化もソウルも大した意味はないだろう。

 さらに、テヒの立場に立つと、また違った見方ができる。彼女の"ここではないどこか"への願望には、決まったルートなどない。彼女は、シーメンズクラブに行って自分が船員になれるか尋ね、空港のターミナルでサウナのチラシを配りながら、まだ見ぬ世界を想像する。障害者のボランティアもするし、港で話しかけてくるミャンマーの船員たちとも親しくなる。ヘジュには、そんなテヒの感覚が理解できない。つまり、テヒにしてみれば、それは唯一のルートではないし、理想的なルートであるとも限らない。ふたりの感覚の違いは、突き詰めれば、グローバリズムとコスモポリタニズムの違いともいえる。そういう意味では、これは、反グローバリズムの映画でもある。

 そして、そんな風景の映像よりももっと素晴らしいのが、ナイフ、あるいはそれに類するもののイメージだ。5人がソウルでショッピングをしたとき、服を山ほど買い込むヘジュに閉口したテヒは、何を思ったのかナイフを購入する。ジヨンは家で祖父母と食事をしている最中に、おかずを噛み切れない祖母にしびれを切らし、台所に包丁を取りにいく。ところがちょうどそのとき、知人のおばさんが訪ねてきて、彼女は包丁を手にしたまま応対する。5人が最後に集まったとき、彼女たちは鏡とナイフを使った占いをはじめ、未来を占ってもらうヘジュがナイフを口にくわえる。こうしたイメージは、彼女たちが未来に踏み出すために、なにをどのように断ち切るのかということに、われわれの関心を振り向ける。

 実際、彼女たちはこのドラマのなかで、それぞれに何かを断ち切ることで、未来に踏み出す。ヘジュが占いでナイフをくわえるとき、彼女はもう後戻りがきかないところにいる。彼女の分岐点を象徴しているのは、ナイフならぬレーザーメスだ。コンタクトレンズが合わない彼女は、オフィスで仕方なくメガネをかける。すると、これまで容姿に頼ってきた彼女は、上司たちからからかわれることになる。そこで気持ちを入れ替えれば、彼女にも別の未来が開けたかもしれない。しかし彼女は、レーザーによる視力回復手術を受け、整形まで考えるようになるのだ。そして、占いの翌朝、ジヨンは、みんなが寝入っているうちに出ていくが、ヘジュだけはそれに気づいている。しかし、もはや彼女にはジヨンにかける言葉がない。

 これに対して、ジヨンとテヒは、別のものを断ち切る。ジヨンは、沈黙を守り続けることで、世界との関係を断ち切ろうとする。そんな彼女の気持ちを理解したテヒは、購入したナイフを使って、家族のポートレイトから自分だけを切り離し、未来に踏み出す。映画の冒頭で、一歩引いてカメラマンをつとめていた彼女は、ひとりで立つ自分のイメージと、そしてどこまでも対等な友情を獲得し、"ここではないどこか"へと旅立つのだ。


(upload:2005/04/24)
 

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