闇の列車、光の旅 (レビュー02)
Sin Nombre


2009年/アメリカ=メキシコ/カラー/スペイン語/96分/シネマスコープ/ドルビーデジタル
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(初出:『闇の列車、光の旅』劇場用パンフレット)

家族を引き裂くホモソーシャルな関係の呪縛を乗り越え
家族の絆に目覚めていくドラマには深い感動がある

 キャリー・ジョージ・フクナガ監督の長編デビュー作『闇の列車、光の旅』では、ストリート・ギャングや移民の現実がリアルに描き出されるだけではなく、主人公たちの内面が鋭く掘り下げられている。

 この映画の導入部で印象に残るのは、ギャングのメンバー、カスペルが12歳のスマイリーを組織に引き入れるエピソードだ。少年は、13秒間の暴行の儀式に耐えて、支部のリーダー、リルマゴからメンバーとして受け入れられる。さらに、敵対するギャングのメンバーを自分の手で殺害することで、一人前とみなされる。

 このエピソードは、カスペルもかつて同じ体験をしていることを暗黙のうちに物語っている。しかも、リルマゴがカスペルを特別な目で見ているように感じられることを踏まえるなら、カスペルを組織に引き入れたのがリルマゴだと想像するのも決して難しいことではないだろう。

 ギャングたちは、残酷な儀式によって絆を確認し、排他的な集団を作り上げている。フクナガ監督が関心を持っているのは、彼らのホモソーシャルな連帯だ。この言葉は、同性間の社会的な絆を意味する(同性間だから女性にも使われるが男性の方が圧倒的に多い)。この映画の導入部には、それがどのようなものであるのかを間接的に物語るひねりの効いたエピソードが盛り込まれている。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   キャリー・ジョージ・フクナガ
Cary Joji Fukunaga
撮影 アドリアーノ・ゴールドマン
Adriano Goldman
編集 ルイス・カルバリャール、クレイグ・マッケイ
Luis Carballar, Craig McKay
音楽 マーセロ・ザーヴォス
Marcelo Zarvos
プロデューサー エイミー・カウフマン
Amy Kaufman
製作総指揮 ガエル・ガルシア・ベルナルディエゴ・ルナ、パブロ・クルス
Gael Garcia Bernal, Diego Luna, Pablo Cruz
 
◆キャスト◆
 
サイラ   パウリーナ・カイタン
Paulina Caitan
ガスペル/ウィリー エドガー・フロレス
Edgar Flores
スマイリー クリスティアン・フェレール
Kristyan Ferrer
リマルゴ テノック・ウエルタ・メヒア
Tenoch Huerta Mejia
マルタ ディアナ・ガルシア
Diana Garcia
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(配給:日活)

 カスペルとスマイリーが線路脇に座っていると、ゲイの物売りが通りかかる。スマイリーの13秒の儀式を見ていた物売りは、このような台詞を口にする。「こんな小さい子を慰み者にして、若いゲイは野蛮ね」。この場面が意味するものはなかなか深い。

 ゲイの物売りには、固い絆で結ばれたギャングの男たちが、自分と同類のように見える。しかし実際には、彼らは対極に位置している。なぜなら、ホモソーシャルな関係は、ミソジニー(女性嫌悪)やホモフォビア(同性愛嫌悪)と表裏一体であるからだ。

 あるいはここで、アン・リー監督の『ブロークバック・マウンテン』を思い出してみるのも無駄ではないだろう。カウボーイの世界は、ホモソーシャルな関係で成り立っている。山奥で放牧の仕事についた二人の男たちは、ホモソーシャルな関係を育み、あくまでその延長線上でごく自然に肉体関係を持つ。

 彼らの意識にはホモフォビアがあるので、自分たちをゲイだとは考えない。山奥であればそれですまされる。しかし、山を降りて閉鎖的な社会に戻った二人は、自分たちが決して受け入れられないゲイであることを思い知らされることになる。

 そして、設定はまったく異なるが、この『闇の列車、光の旅』にも、ホモソーシャルな関係をめぐる複雑なドラマがある。ストリート・ギャングの場合、その関係は根本的に歪んでいる。社会的な絆というからには、本来なら大人の間で結ばれるものである。ところがこのストリート・ギャングは、勢力を拡大するために背伸びしたい子供心につけ込み、裏切りを許さないホモソーシャルな関係でがんじがらめにしてしまう。

 この映画では、そんな関係と家族の絆が対置されている。「許せ、母さん」というカスペルのタトゥーが物語るように、ホモソーシャルな関係は家族を引き裂く。ギャングになることで自動的に同居する祖母との絆を断ち切ったスマイリーは、裏切り者になることを恐れ、カスペルを追うことで深みにはまっていく。ギャングの標的となったカスペルは、自分を呪縛してきた連帯関係の虚しさを噛みしめながら、サイラを国境の向こうに送り届けようとする。

 離れて暮らしてきた父親に乞われ、彼がアメリカに築いた家庭の一員になることに戸惑いを覚えていたサイラは、カスペルと行動をともにすることで変化する。カスペルもまた彼女にウィリーとして記憶されることで救われるだろう。家族を引き裂くホモソーシャルな関係の呪縛を乗り越え、家族の絆に目覚めていくドラマには深い感動がある。


(upload:2011/01/03)
 
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