リーマン・ショックから異常気象による災害まで、いまの世の中には日常がいつ崩壊するかわからないような不安が渦巻いている。アメリカの新鋭ジェフ・ニコルズ監督の『テイク・シェルター』では、鋭い洞察と緻密な構成によってそんな平穏に見える日常に潜む不安が掘り下げられていく。
掘削会社の土木技師であるカーティスは、妻のサマンサと聴覚に障害のある娘ハンナと、温かい家庭を築いていた。ところが、あるときから幻覚や幻聴、悪夢に悩まされるようになる。
迫りくる巨大な竜巻、茶色っぽくて粘り気のある雨、黒い鳥の大群、突然牙をむく愛犬、凶暴化する住人など、あまりにもリアルなヴィジョンが彼の現実を確実に侵食していく。やがて彼は、避難用シェルターを作ることに没頭しだす。
この映画の恐怖は、カーティスが目の当たりにするカタストロフィのヴィジョンから生み出されるわけではない。巧妙な伏線と細やかな心理描写の積み重ねから、現実に深く根ざした生々しい恐怖が浮かび上がってくるのだ。
カーティスの症状からまず推測されるのは統合失調症だ。彼にはそれを疑う根拠がある。彼の母親は妄想型の統合失調症を患い、施設で生活している。そこで彼は母親を訪ね、最初にどんな症状が出たのかを聞き出そうとする。
このように書くと単純な伏線のように思われるだろうが、ニコルズ監督の話術はこの主人公の揺れ動く内面を巧みに表現している。カーティスは確かに一方では精神障害を疑っている。しかしすぐに母親のことが明らかにされるわけではなく、ヒントが散りばめられていく。
まず風邪と偽って近所の医師を訪ね、なんとも話しづらそうに症状の一部を説明する。それは、悪夢で小便を漏らしたことや、愛犬が牙をむく幻覚に襲われたあとに、噛まれた部分に一日中痛みが残ったことなどだ。すると話を聞いていた医師の表情が微妙に変化し、「母上を訪ねているか?」とぽつりと尋ねる。私たちにはその時点では、医師の問いが何を意味しているのかわからない。とにかく医師の姿勢は真剣になり、遠いがとことわったうえで、コロンバスにいる優秀な精神科医を紹介する。
しかし、精神障害の疑いが膨らむ一方では、家族を守るために一刻も早く手をうたなければという思いが強くなっていく。屋内で飼っていた愛犬を屋外の囲いのなかに閉じ込め、売りに出されていたコンテナに関心を持つようになる。彼のなかでは、精神障害と予兆というふたつの可能性が激しくせめぎ合っている。
それが一方に傾いていく過程も、はっきりとではなく、暗示的に表現される。施設で母親から聞き出した症状は彼のものとは違うように見える。しかし、症状が悪化していくにもかかわらず、彼は紹介されたコロンバスの医師のところまで足を延ばそうとはしない。
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