ディナーラッシュ
Dinner Rush


2001年/アメリカ/カラー/99分/ヴィスタ/ドルビーSRD
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(初出:『ディナーラッシュ』プレス、若干の加筆)

 

 

料理好きにはこたえられない
ディテールと小気味よいアンサンブル

 

 『ディナーラッシュ』の監督ボブ・ジラルディは、ミュージック・ビデオやCMのクリエーターとしてよく知られている。しかし彼にはもうひとつのよく知られた顔がある。彼はパートナーのフィル・シュアルツとレストラン・ビジネスに乗り出し、この10年のあいだに拠点であるニューヨークの他、ロンドンや香港などに、《ヴォン》、《リップスティック・カフェ》、《ジジーノ》、《ジャン・ジョルジュ》といった話題のレストランを次々とオープンさせてきた。

 またこのコンビは、90年代半ばに、料理とビジネスに関する本格的なサイト “StarChefs” を立ち上げている。このサイトは、業界のニュースやイベント、料理のトレンド、有名シェフや料理本の著者のレシピなど食に関する情報満載で、レストランの経営に乗り出す起業家とスタッフを結びつけるコミュニティにもなっていて、非常に人気がある。

 『ディナーラッシュ』は、このサイトから生まれたといってもよいだろう。この映画の製作総指揮を手がけているのはフィル・シュアルツであり、製作に名前を連ねているパティ・グリーニーもサイトの創設者のひとりなのだ。もちろんこの映画は、映像作家とレストラン・ビジネスの仕掛け人というジラルディのふたつの顔が、見事にひとつに溶け合った作品でもある。

 こんなふうに書くと、自分の商売を巧妙に宣伝しようとする映画ではないかと疑う向きもあるだろうが、そんな心配はまったくご無用である。ドラマはロバート・アルトマンの向こうを張るような緻密で意外性のある群像劇になっているのだ。それどころか、料理が好きで、厨房の世界に密かな憧れを持つ筆者などは、ドラマが本格的に展開しだす以前に、すでにこの映画の世界に引き込まれてしまう。

 それは、スーシェフのダンカンが遅刻して店に出てくる場面だ。彼が控え室で着替えをするとき、カメラは彼の身体に散りばめられたタトゥーをさり気なく映しだす。コックの世界はアウトローの世界でもあり、腕のいい奴に限って自分を破滅に追いやるような悪い癖を持っていたりする。ニューヨークの有名シェフ、アンソニー・ボーデインが異色のキャリアとレストラン・ビジネスの内幕を描いたベストセラー『キッチン・コンフィデンシャル』には、そういう人間たちが実に生き生きと描かれているが、この映画にも共通する魅力がある。

 厨房に現れたダンカンは、所定の場所にオレガノがないといって怒り出し、新入りに彼の“ミーズ・アン・プラス”の説明を始める。『キッチン・コンフィデンシャル』にはこんな文章がある。「ミーズ・アン・プラス――細心の注意を払って用意し配置した、塩、粗引き胡椒、室温に戻したバター、食用オイル、ワイン、予備の品物などのセットを指す――は有能なコックにとって祭壇に等しい。なにがあろうと、コックの「ミーズ」に手を出してはいけない」。

 一方、シェフのウードは一目しただけで、料理学校出の優等生だとわかる。ウードはダンカンの性格に辟易しつつも、腕のいいスーシェフを手放すわけにはいかない。というようなことが、冒頭の短い時間ですぐにわかってしまうのである。


◆スタッフ◆

監督
ボブ・ジラルディ
Bob Giraldi
脚本 リック・ショーネシー/ ブライアン・S・カラタ
Rick Shaughnessy/ Brian S. Kalata
撮影 ティム・アイヴィス
Tim Ives
編集 アリソン・C・ジョンソン
Allyson C. Johnson
音楽 アレクサンダー・ラサレンコ
Alexander Lasarenko

◆キャスト◆

ルイ
ダニー・アイエロ
Danny Aiello
ウード エドゥアルド・バレリーニ
Edoardo Ballerini
ニコール ヴィヴィアン・ウー
Vivian Wu
カーメン マイク・マッグローン
Mike McGlone
ダンカン カーク・アセヴェド
Kirk Acevedo
ジェニファー・フリーリー サンドラ・バーンハード
Sandra Bernhard
マーティ サマー・フェニックス
Summer Phoenix

(配給:シネマパリジャン)
 


 この映画は、そんなふうにレストランの世界の現実やディテールをしっかりおさえた上で、多忙な1日のなかに主人公たちの人生の分岐点を鮮やかに描きだす。店のオーナー、ルイは、トライベッカがまだ工場と倉庫が並ぶ労働者の世界だった頃から店を守り、伝統的なイタリア料理を愛してきた。

 息子のウードは、ジェントリフィケーションによってトレンディなスポットに変貌した街で、ヌーヴェル・キュイジーヌの星として注目を集めている。ルイが目をかけているダンカンは、ギャンブルで破滅しかけている。彼らの関係はひどくぎくしゃくしているが、スタッフや客が小気味よいアンサンブルを見せるドラマのなかで、それぞれに粋な決着がつけられる。

 その決着には、音楽もひと役買っている。オーダーに追いまくられ、熱気がみなぎる厨房と会話が弾む店内の光景は、ブルー・プレート・スペシャル、Los Cubaztecas、モンテフィオリ・カクテル、ルンバ・クラブ、エクソダス・クァルテットなど、ラテン系のダンス・ミュージックやボサノバ・ラウンジ、アシッド・ジャズなどに彩られている。ラテンを中心にスタイルは様々だが、これらはいま風のムードを醸し出す選曲だといえる。これに対して、主人公たちがそれぞれに粋な決着をつける場面では、音楽も懐かしのヒット曲や名曲、あるいはまったくムードの異なる曲がピックアップされている。

 ウードとダンカンが客の料理評論家のためにオリジナル料理を作る場面に流れるのは、ヤング・ホルト・トリオのヒット曲《Wack Wack》。ベースとドラムスが絶妙に絡み合うソウルフルなジャズが、気持ちと呼吸がぴたりとあったシェフとスーシェフの作業を盛り上げていく。ルイがウードに本音を語るしみじみとした場面では、それまでリズミカルだった音楽が静かなインストに変わる。意外性に満ちたクライマックスでは、ドゥーワップ・グループ、ザ・デルズの往年のヒット曲《Oh, What a Night》とスローモーションを巧みに絡ませ、緊迫したドラマからクールなムードを醸し出し、いちばん大きな決着をさらに印象深いものにしている。

 そして最後に、この日、客で賑わうレストランで最も華麗な腕さばきを見せたのが、実はウードでもダンカンでもなく、レイであったことが明らかになるのだ。


《参照/引用文献》
『キッチン・コンフィデンシャル』 アンソニー・ボーデイン●
野中邦子訳 (新潮社 2001年)
(upload:2003/01/13)
 
 
《関連リンク》
ジョン・ファヴロー 『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』 レビュー ■
ファティ・アキン 『ソウル・キッチン』 レビュー ■
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