『ディナーラッシュ』の監督ボブ・ジラルディは、ミュージック・ビデオやCMのクリエーターとしてよく知られている。しかし彼にはもうひとつのよく知られた顔がある。彼はパートナーのフィル・シュアルツとレストラン・ビジネスに乗り出し、この10年のあいだに拠点であるニューヨークの他、ロンドンや香港などに、《ヴォン》、《リップスティック・カフェ》、《ジジーノ》、《ジャン・ジョルジュ》といった話題のレストランを次々とオープンさせてきた。
またこのコンビは、90年代半ばに、料理とビジネスに関する本格的なサイト “StarChefs” を立ち上げている。このサイトは、業界のニュースやイベント、料理のトレンド、有名シェフや料理本の著者のレシピなど食に関する情報満載で、レストランの経営に乗り出す起業家とスタッフを結びつけるコミュニティにもなっていて、非常に人気がある。
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『ディナーラッシュ』は、このサイトから生まれたといってもよいだろう。この映画の製作総指揮を手がけているのはフィル・シュアルツであり、製作に名前を連ねているパティ・グリーニーもサイトの創設者のひとりなのだ。もちろんこの映画は、映像作家とレストラン・ビジネスの仕掛け人というジラルディのふたつの顔が、見事にひとつに溶け合った作品でもある。
こんなふうに書くと、自分の商売を巧妙に宣伝しようとする映画ではないかと疑う向きもあるだろうが、そんな心配はまったくご無用である。ドラマはロバート・アルトマンの向こうを張るような緻密で意外性のある群像劇になっているのだ。それどころか、料理が好きで、厨房の世界に密かな憧れを持つ筆者などは、ドラマが本格的に展開しだす以前に、すでにこの映画の世界に引き込まれてしまう。
それは、スーシェフのダンカンが遅刻して店に出てくる場面だ。彼が控え室で着替えをするとき、カメラは彼の身体に散りばめられたタトゥーをさり気なく映しだす。コックの世界はアウトローの世界でもあり、腕のいい奴に限って自分を破滅に追いやるような悪い癖を持っていたりする。ニューヨークの有名シェフ、アンソニー・ボーデインが異色のキャリアとレストラン・ビジネスの内幕を描いたベストセラー『キッチン・コンフィデンシャル』には、そういう人間たちが実に生き生きと描かれているが、この映画にも共通する魅力がある。
厨房に現れたダンカンは、所定の場所にオレガノがないといって怒り出し、新入りに彼の“ミーズ・アン・プラス”の説明を始める。『キッチン・コンフィデンシャル』にはこんな文章がある。「ミーズ・アン・プラス――細心の注意を払って用意し配置した、塩、粗引き胡椒、室温に戻したバター、食用オイル、ワイン、予備の品物などのセットを指す――は有能なコックにとって祭壇に等しい。なにがあろうと、コックの「ミーズ」に手を出してはいけない」。
一方、シェフのウードは一目しただけで、料理学校出の優等生だとわかる。ウードはダンカンの性格に辟易しつつも、腕のいいスーシェフを手放すわけにはいかない。というようなことが、冒頭の短い時間ですぐにわかってしまうのである。