ストレイ 犬が見た世界
Stray


2020年/アメリカ/トルコ語・英語/カラー/72分/ヴィスタサイズ
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(初出:「ニューズウィーク日本版」映画の境界線2022年3月17日更新)

 

 

イスタンブールをうろつく野良犬たちとシリア難民の少年たちの出会い
新鋭女性監督が閉ざされた世界の裂け目から動物と人間の関係を見直す

 

[Introduction] 舞台となるトルコは、世界でも珍しいくらいに犬との歴史や関係が深い国だ。20世紀初頭にあった大規模な野犬駆除という悲しい歴史への反省から、安楽死や野良犬の捕獲が違法とされている国のひとつであり、動物愛護に関する国民の意識も非常に高い。2017年に、そんなトルコを旅した自身も愛犬家のエリザベス・ロー監督は、主人公となる犬ゼイティンと偶然に出逢い、彼女の「強い意志を持つ雰囲気に惹かれ、追いかけた」と言う。この街では犬たちが自由に街を歩き、人間との共存社会を築いている。彼らに密着し、犬目線のカメラで追い続けたその世界は、想像を超えた信頼と愛に満ちていたのだった――。

 また『ストレイ 犬が見た世界』には、人間以外の視線を中心に世界を視覚的、聴覚的に再構成しようという試みが積極的になされた。『リヴァイアサン』(12)や『モンタナ 最後のカウボーイ』(09) などの作品のサウンドデザイナーであるアーンスト・カレルとロー監督は、犬の聴覚を映画的に表現するための聴覚言語を開発したという。人間だけが知性を持ち、自分たちの視点や聴覚こそがすべてであるという思い込みから解放された、新たな世界の現出である。(プレス参照)

[Story] 大型犬が多くいる街中にあって、その存在感をひときわ大きく放っているのが、推定2歳前後のメス犬ゼイティンだ。躯体は筋肉質で毛並みもよく、「強く、美しい」と街中の人々も一目置いている存在だ。時に仲間たちと戯れ、コミュニケーションをとり、人間とも程よい距離感で過ごしている。ゼイティンと行動を共にすることの多いナザールも、ゼイティンと同じような躯体の大型犬だ。廃墟となった建設現場の瓦礫の中で、アレッポからたどり着いたというシリア難民の少年たちと寝床を共にする。カルタルは表情の愛くるしい、まだ幼いブチ犬だ。母犬と兄弟犬と常に一緒に行動しているので、どこか飼い犬のような表情をもっている。世話をしている建設現場の数人の男たちからも一番愛されている存在だ。


◆スタッフ◆
 
監督/撮影/編集/製作   エリザベス・ロー
Elizabeth Lo
音響デザイン アーンスト・カレル
Ernst Karel
オリジナル楽曲 アリ・ヘルンヴァイン
Ali Helnwein
 
◆キャスト◆
 
    ゼイティン
Zeytin
  ナザール
Nazar
  カルタル
Kartal
  ジャミル
Jamil
  アリ
Ali
  ハリル
Halil
-
(配給:トランスフォーマー)
 

 ニューズウィーク日本版の筆者コラム「映画の境界線」で本作を取り上げています。その記事をお読みになりたい方は以下のリンクからどうぞ。

野良犬たちの視線を通して見えてくる人間|『ストレイ 犬が見た世界』

 記事では触れませんでしたが、こちらも参考になるかと思いますので、エリザベス・ロー監督が参照したであろうダナ・ハラウェイ『伴侶種宣言――犬と人の「重要な他者性」』から、以下の記述を引用しておきます。

「犬たちは[人間の]自己とは一切関係がない。それこそが犬の良さでもあるのだ。犬は投影ではない。何らかの意図の実現でもないし、何かの最終目的でもない。犬は犬である。つまり、人類とともに特定の環境のなかで生き、構成的かつ歴史的で、変幻自在の関係を築いてきた、あの生物種なのだ。その関係性が格別にすばらしいものだと主張するつもりはない。そこには喜びや創意工夫、労働、知性、あそびとともに、排泄物も、残酷さも、無関心や無知や喪失もあふれているのだから。わたしがしたいのは、この共歴史(co-history)を語るすべを学び、自然‐文化において共進化の帰結を継承する方法を身につけることである」

《参照/引用文献》
『見るということ』 ジョン・バージャー●
笠原美智子訳(白水社、1993年)
『伴侶種宣言――犬と人の「重要な他者性」』 ダナ・ハラウェイ●
永野文香訳(以文社、2013年)

(upload:2022/03/03、update:2022/03/23)
 
 
《関連リンク》
ルーシャス・キャステーヌ=テイラー、ヴェレナ・パラヴェル
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