アウトドア&フィッシング ナチュラム

 


スイング・ステート
Irresistible


2020年/アメリカ/英語/カラー/102分/ヴィスタ
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(初出:『スイング・ステート』劇場用パンフレット)

 

 

PLAN Bが手がけた選挙エンタテインメント
滑稽さのなかから浮かび上がる不条理

 

[Introduction] ブラッド・ピット製作総指揮、『マネー・ショート 華麗なる大逆転』、『バイス』ほか、数々のヒット作を手がけたPLAN B制作の選挙エンタテインメントがいよいよ日本公開!監督・脚本は、16年間にわたりコメディ・セントラルの「ザ・デイリー・ショー」の司会を務め、アカデミー賞授賞式でも2度司会を担当、アメリカ文化における政治風刺の定義を変えたと言われるジョン・スチュワートが務める。スチュワートはその軽快なユーモアセンスとアメリカの政治に関する深い知識を活かし、架空の小さな町、ディアラケンの選挙が民主党と共和党の代理戦争になっていくストーリーをコミカルに描き、アメリカの政治システムを滑稽かつ辛辣に批判している。(プレス参照)

[Story] 民主党の選挙参謀ゲイリー・ジマーは、ヒラリー・クリントンが大敗し、打ちのめされていたが、ウィスコンシン州の小さな町役場で不法移民のために立ち上がる退役軍人ジャック・ヘイスティングス大佐のバズっているYouTube動画を見て、リベラルな演説で人々の胸を打つ、彼こそが中西部の農村で民主党の票を取り戻す、起死回生の秘策だと確信。ゲイリーは、スイング・ステート(激戦州)のウィスコンシンを足掛かりに地盤を広げるべきと党を説得し、単身アポなしで田舎の寂れた町、ディアラケンへと赴き大佐に民主党からの町長選出馬を要請する。ゲイリー自身が指揮を取ることを条件に大佐は出馬を了承し、大佐の娘ダイアナや住民のボランティアと、地道な選挙活動がスタート。しかし、対立候補の現役町長ブラウンに、共和党が宿敵、トランプの選挙参謀フェイス・ブルースターを送り込む。その日から、ディアラケン町長選をめぐるゲイリーVSフェイスの戦い、否、民主党VS共和党の巨額を投じた「仁義なき代理戦争」の幕が切って落とされた。

[以下、本作のレビューになります。結末に触れておりますので、未見の方はご注意ください]

 ジョン・スチュワート監督の『スイング・ステート』は、大統領選の敗北からの失地回復を目論む民主党の選挙参謀ゲイリー・ジマーを中心に物語が展開していくように見える。

 YouTube動画で目にした退役軍人ジャックが激戦区を攻略する鍵になると踏んだゲイリーは、ウィスコンシンの寂れた町ディアラケンに向かい、民主党から町長選に出馬するようジャックを説得し、自ら選挙戦の先頭に立つ。これに対して、共和党も現町長の再選を果たすため、ゲイリーの宿敵である選挙参謀フェイスを送り込む。そこで町長選に破格の資金が注ぎ込まれ、熾烈な代理戦争が繰り広げられていく。

 しかし、本作の終盤には、どんでん返しが用意されている。すべては、財政難に陥った町を救うため、ジャックの娘ダイアナの発案に父親や住人たちが同意して仕組んだ大芝居だったということだ。本作は、そんな結末から実際に起こっていたことを振り返ってみると、いろいろ新たに見えてくるものがある。

 たとえば、真相を知ったゲイリーは、ダイアナに「私を利用したな」と語る。ディアラケンにやって来る前に、動画でジャックを見出したゲイリーは、ワシントンDCの民主党全国委員会で「彼を利用する」と語っていたのだから、それはブーメランともいえる。だが、筆者が注目したいのは、そんなゲイリーの発言に対して、ダイアナが「利用したのは制度よ」と答えることだ。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   ジョン・スチュワート
Jon Stewart
撮影監督 ボビー・ブコウスキー
Bobby Bukowski
編集 ジェイ・ラビノウィッツ、マイク・セレモン
Jay Rabinowitz, Mike Selemon
音楽 ブライス・デスナー
Brice Dessner
 
◆キャスト◆
 
ゲイリー・ジマー   スティーヴ・カレル
Steve Carell
フェイス・ブルースター ローズ・バーン
Rose Byrne
ジャック・ヘイスティングス クリス・クーパー
Chris Cooper
ダイアナ・ヘイスティングス マッケンジー・デイヴィス
Mackenzie Davis
カート トファー・グレイス
Topher Grace
ティナ ナターシャ・リオン
Natasha Lyonne
-
(配給:パルコ ユニバーサル映画)
 

 ダイアナたちは、スーパーPAC(特別政治行動委員会)の抜け穴を利用して、町の学校を維持していくために必要な資金を調達した。スチュワート監督は、それが単なる想像の産物ではないことを強調するために、エンディングに連邦選挙委員会の元委員長トレヴァー・ポッターのインタビューを盛り込んでいる。

 連邦選挙委員会は選挙資金法制を管理・執行する機関だが、彼の説明によれば、実際には機能していないため、献金の受け皿になるスーパーPACに流れ込む多額の資金が追跡不能になっている。だからスーパーPACを作って資金を集め、別の組織や慈善団体に寄付し、公共の目的に使うこともあり得るという。

 そんなダイアンたちの企みが、二大政党の代理戦争に発展する展開は、いかにもPLAN B作品らしい。本作を観ながら筆者が思い出していたのは、選挙を題材にした映画ではなく、同じPLAN Bが製作を手掛けたアダム・マッケイ監督の『マネー・ショート 華麗なる大逆転』のことだ。リーマン・ショックという未曽有の危機を予測し、それを逆手にとって財をなす準備をしていた男たちの物語には、本作に通じるスタンスがあるように思える。

 主人公のひとり、ヘッジファンド・マネージャーのマイケルは、サブプライム・ローン債権を含む証券化商品である債務担保証券(CDO)が、数年以内にデフォルト(債務不履行)に陥る可能性が非常に高いことに気づく。そこで彼は、「クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)」という金融取引に目をつけ、サブプライム・ローンの価値が暴落したときに巨額の保険金を受け取れる契約を投資銀行と次々に結んでいく。

 CDSを買った人は、プレミアム(保険料)として決まった金額を投資銀行に払い続けなければならない。それは、住宅市場が安定していると信じる投資銀行にとっては、まるで向こうから勝手に金が転がり込んでくるようなものなので、嬉々としてマイケルにCDSを売る。

 マイケルは、問題を正そうとするわけではなく、金融取引の盲点を突いて利益を上げようとするだけだが、彼と彼に追随する男たちの行動は、金融の世界の危うい現実を映し出す役割も果たすことになる。

 本作のダイアナは、ゲイリーのような人間たちを端から信じていない。彼らは激戦州に4年に1度だけ現れて、口約束だけして、終わったら消えて、なにも変わらない。そこで彼女と住人たちは、スーパーPACの抜け穴を利用するために、YouTube動画というエサをまく。彼女たちが必要としていたのは、学校を維持するための資金だったが、エサに食いついたゲイリーは、町長選を布石に民主党の地盤を広げるという野心に駆られて暴走し、そこから危うい現実が浮かび上がってくる。

 スチュワート監督は、ゲイリーや彼のスタッフと住人たちとの現実のズレを、かなり滑稽な表現で描き出している。

 ディアラケンに向かうプライベートジェットでモッツァレラのカプレーゼを注文していたゲイリーは、ディアラケンで最初に入った店ではバドワイザーとバーガーを注文する。それで庶民を装っているつもりになっているが、そこはドイツ系ビアホールで、実は他所で調達したものを出されている。彼のスタッフは、データに表れた独身女性の集団がまさか修道会の尼僧とは思わず、避妊に関するパンフレットを配ってしまい、支持率の急落を招く。

 彼らの頭のなかにあるのは、イメージや数字ばかりであり、熾烈な攻防は、ゲイリーが「支持者を増やせないなら、敵の投票者を減らすだけだ」と表現するネガティブキャンペーンへとエスカレートしていく。それは、本作の鍵を握るスーパーPACにも結びつく。ドラマでも触れられているように、スーパーPACが候補者や政党と連携することは禁じられているが、相手候補の批判はできる。ということは、ジャックが町の窮状を訴えて得た資金もそこに注ぎ込まれることになる。

 本作には、ゲイリーとフェイスの下ネタの応酬なども盛り込まれ、滑稽に見えるように仕立てられているが、その核には不条理がある。団結して町を立て直そうとしているディアラケンの住人は、赤と青に分断された状況を利用して財源を得ようとするが、それはまさに苦肉の策であり、身内を傷つけるようなネガティブキャンペーンに巻き込まれかける。そこには、赤と青ではなく、選挙と市民の分断という現実を垣間見ることができる。


(upload:2022/03/04)
 
 
《関連リンク》
アダム・マッケイ 『マネー・ショート 華麗なる大逆転』 レビュー ■
ジェイコブ・コーンブルース 『みんなのための資本論』 レビュー ■
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