『浮気な家族』(03)と『ブラザーフッド』(04)という2本の韓国映画の冒頭には、朝鮮戦争の戦没者の遺骨を発掘する場面があるが、その場面はそれぞれの物語のなかで対照的な意味を持つことになる。
『浮気な家族』では、遺骨の発掘と余命いくばくもない父親の存在が、歴史を象徴している。母親や息子夫婦は、病院では結束して父親を支える家族に見えるが、実はそれぞれに浮気している。豊かな生活を送る彼らには、歴史はもはや重荷でしかない。だから自己の欲望に忠実に生きようとするが、その欲望が彼らの人生の歯車を狂わせていく。一方、『ブラザーフッド』では、遺骨の発掘をきっかけに歴史の扉が開かれ、朝鮮戦争に巻き込まれていった兄弟と彼らの家族の運命がドラマティックに描きだされる。
韓国は急激な経済成長を遂げ、冷戦は終わりを告げたが、南北分断の歴史は終わらない。そんな状況のなかで、新しい韓国映画は、現代と歴史の関係を様々な視点からとらえなおそうとする。
『ペパーミント・キャンディー』(99)や『殺人の追憶』(03)からは、歴史と現代の深い溝が浮かび上がり、『4人の食卓』(03)では、表面的な繁栄のなかで、歴史や過去ばかりか、目の前の現実までもが揺らいでいく。そして、闇に葬られた実話を映画化したこの『シルミド』も、実話であることの衝撃もさることながら、それ以上に歴史に対するこだわりが際立つ作品である。
この映画の冒頭では、南に潜入した北朝鮮特殊工作部隊が、韓国大統領府に迫る場面と、ヤクザの鉄砲玉であるインチャンが、対立するヤクザの親分を襲撃する場面が、同時進行するように交互に描きだされる。そこには、歴史をめぐる鮮やかなコントラストがある。特殊工作部隊も鉄砲玉も、ひとつの標的を目指して命がけで敵陣に乗り込むことに変わりはない。しかし、特殊工作部隊が国家や歴史を背負っているのに対して、鉄砲玉は歴史の外に存在しているに等しい。
このコントラストは、その後のドラマのなかで、684部隊の訓練兵たちの皮肉で悲劇的な運命をさらに強調する。任務を果たせば重罪犯から国家の英雄になれる。歴史とは無縁の存在だった彼らは、歴史の真っ只中に引き込まれる。
だが、政治の風向きが変わった途端に、彼らは歴史の邪魔者となり、ついには北の武装ゲリラという汚名まで着せられる。なかでも特に悲劇的なのがインチャンだ。実は彼は、かつて父親が北に亡命したために、まともな職に就けず、運命を呪うように鉄砲玉になった。つまり、歴史を背負っているからこそ、歴史の外に身を置くことになった。それなのに再び歴史に翻弄されるのだ。
歴史と人間を掘り下げるそんなドラマのなかで、忘れがたい印象を残すのは、バスに立てこもった訓練兵たちが、あらためて一人ずつ名前を名乗り、血で名前を刻む場面だ。彼らはそれぞれに一人の人間に戻り、それをお互いに確認しあうことによって、彼らを呪縛し、勝手に英雄や民衆の敵に変える空虚な歴史から自由になろうとするのだ。 |