『ザ・メキシカン』は現代の物語だが、メキシコで銃を追いかけるうちに雰囲気が変わる。ジェリーが場末の酒場に入っていって、店の奥のテーブルに陣取る銃の持ち主と対面する場面や、彼が車ごと銃を横取りしたメキシコ人を捕らえ、砂漠に連れて行って足を撃ち抜く場面など、至るところで西部劇が意識されている。
それから、伝説の拳銃の来歴が明らかにされていく過程も見逃せない。銃が他の人間の手に渡るたびに、それを造った職人の娘の悲恋物語が修正・更新されていくのだが、その物語はセピア調の映像を使い、サイレント映画のスタイルで再現される。ちなみに、アメリカ人の手に渡るかに見えた銃は、最終的にメキシコ人の手に、本来あるべき場所に戻されることになる。
ヴァービンスキーが『ランゴ』を経て撮った『ローン・レンジャー』には、『ザ・メキシカン』で印象に残ったこうした要素が前面に押し出されている。明らかに西部劇に愛着を持つ彼にとって、テレビドラマ「ローン・レンジャー」は格好の題材だったといえる。さらにこの映画には、サイレント映画のダイナミズムも取り込まれている。機関車をめぐるアクションでヴァービンスキーがお手本にしているのは、バスター・キートンのサイレント映画『キートンの大列車追跡』(26)であるからだ。そんなところに、『パイレーツ〜』とはひと味違うこの監督のカラーが出ている。
そして、トントを演じるジョニー・デップについても同様のことがいえる。つまりこの映画のトントは、デップが『パイレーツ〜』のジャック・スパロウ、『アリス・イン・ワンダーランド』のマッドハッターにつづいて生み出したユニークなキャラクターというだけでなく、それ以前から彼が培ってきた個性と深く結びついているということだ。
まず注目しなければならないのは、トントがネイティブ・アメリカンだということだ。デップは、曾祖母にチェロキー族かクリーク族の血が入っていたと思うと語っている。そして、ネイティブ・アメリカンに対する彼の関心が明確にされているのが、監督デビュー作でもある『ブレイブ』(97)だ。この映画でデップ扮するネイティブ・アメリカンの主人公ラファエルは、スナッフ・フィルムに出演することによって命と引き換えに得られる金で生活苦にあえぐ家族を守ろうとする。『ローン・レンジャー』は決してシリアスな作品ではないが、トントというキャラクターが特別な意味を持っていることは間違いないだろう。
さらにデップとサイレント映画の相性にも注目したい。初期の彼は、『シザーハンズ』(90)でほとんど喋らないハサミ男を、『妹の恋人』(93)でバスター・キートンやサイレント映画に憧れる青年を演じるなど、サイレント映画に結びつくパフォーマンスによって頭角を現し、独自の身体感覚を培ってきた。『ローン・レンジャー』では、そんな個性が遺憾なく発揮され、バスター・キートンに通じる魅力を放っている。それは、ヴァービンスキーの演出とデップのパフォーマンスががっちりと噛み合っていることを意味する。
つまり、『ローン・レンジャー』は、独自のカラーを前面に出すヴァービンスキーとデップを、ブラッカイマーがしっかりと受け止めるという図式で成り立っている。この映画が『パイレーツ〜』シリーズになかった新たな魅力を放っているのは、エンターテイメント性に明確な作家性が加味されているからなのだ。 |