モンスター
Monster


2003年/アメリカ/カラー/109分/ヴィスタ/ドルビーデジタル
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(初出:「Cut」2004年9月号、映画の境界線37より抜粋)

 

 

実話に基づくアメリカ版『バタフライ・キス』
新鋭女性監督が女性連続殺人犯の内面に迫る

 

 2002年に処刑された女性連続殺人犯アイリーン・ウォーノス。彼女の実話を映画化したパティ・ジェンキンス監督の『モンスター』は、マイケル・ウィンターボトム監督の『バタフライ・キス』のアメリカ版といってよいだろう。2本の映画では、女性による連続殺人とともに、ふたりの女性の運命的な出会いや切実で悲痛な愛のかたちが描きだされるが、そんなドラマには深い結びつきがある。

 まず注目したいのは、2本の映画の背景が非常によく似ていることだ。『バタフライ・キス』のユーニスは、北イングランドのフリーウェイ沿いのガソリンスタンドを訪ね歩き、女性店員を殺害していく。ジェンキンス監督は、『モンスター』の背景についてこう語っている。「89年のデイトナ・ビーチで目にするものといえば、セブン・イレブンやガソリンスタンドやフリーウェイばかり。緑豊かなフロリダの趣は、全然ないんです

 この画一的で殺伐とした風景は、社会状況と無縁ではない。ウィンターボトムは、ユーニスについてこう語っている。「サッチャーは、この世には社会などなく個人の集合でしかないという迷言を吐いた。その結果、彼女のように社会に紛れていた個人があぶりだされてきた

 だが、映画の冒頭で彼女が、「私はここにいる」とか「私を見て」とつぶやいているように、市場主義の社会から切り捨てられた人間には、誰も振り向きはしない。そんな彼女に振り向くのが、スタンドの店員ミリアムだ。片耳が難聴の彼女は、ユーニスの声だけがよく聞こえるように感じ、最後まで運命をともにしていく。

 『モンスター』のアイリーンは、80年代以前から悲惨な人生を歩んできた人間だが、彼女を追い詰めたのはレーガンの時代だといえる。彼女には、社会から疎外されたホームレスやバイカーなど、仲間がいないわけではない。しかし、一般社会に一歩でも踏み出せば、完全に黙殺されるか、くたびれた娼婦として邪険に扱われるしかない。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   パティ・ジェンキンス
Patty Jenkins
撮影 スティーヴン・バーンスタイン
Steven Bernstein
編集 アーサー・コバーン、ジェーン・カーソン
Arthur Coburn, Jane Kurson
音楽 BT
BT
 
◆キャスト◆
 
アイリーン   シャーリーズ・セロン
Charlize Theron
セルビー クリスティーナ・リッチ
Christina Ricci
トーマス ブルース・ダーン
Bruce Dern
ヴィンセント・コーリー リー・ターゲンセン
Lee Tergensen
ドナ アニー・コーリー
Annie Corley
-
(配給:ギャガ・コミュニケーションズ)
 

 そんなアイリーンは、彼女のことを美しいといってくれるセルビーに出会う。同性愛が親に露見したことから親戚の監督下に置かれ、なぜか片腕にギプスをつけたセルビーも、社会のなかで孤立した存在だった。

 2本の映画に描かれる愛は、共通する状況から生まれる。しかし、彼女たちの愛のかたちには大きな違いがある。『モンスター』の場合は、殺人犯がもうひとりの女性に出会うのではなく、アイリーンは、セルビーと出会うことによって連続殺人犯となっていく。

 そのセルビーは、『バタフライ・キス』のミリアムのように、相手と運命をともにするわけではない。彼女は、精神的に未成熟で、他者に依存しなければ生きられない人間なのだ。だから、アイリーンと痛みを共有することもないし、彼女が殺人を繰り返していることを察しながら、手をこまねいている。

 女性監督のジェンキンスが掘り下げるのは、それでも愛と殺人にのめり込んでいくアイリーンの心理だ。世の中に絶望し、自殺を決意していたアイリーンには、セルビーとの出会いによって新たな欲望が芽生え、彼女という存在を規定していく。その欲望に忠実であることによって、彼女は過去の自分から解放される。彼女にとっては、母親や父親的な存在となって、他者を養う責任を負うことすら喜びとなる。

 そして、男を殺して金を奪うことも、彼女の欲望を満たすようになる。娼婦としての彼女に近づいてくる男を殺すことは、過去の自分を打ち砕くことにもなるからだ。


(upload:2014/01/18)
 
 
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