迷子
不見 / The Missing


2003年/台湾/カラー/88分/ヴィスタ
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(初出:『迷子』劇場用パンフレット)

喪失感を抱えた世代

 李康生の記念すべき初監督作品『迷子』には、蔡明亮という異才の遺伝子を引き継ぐ新鋭の閃きが随所に見られる。

 幼い孫を探して公園のなかを走り回る祖母をとらえた長回しは、ドキュメンタリーのような緊張感を生み出し、われわれを映画の世界に引き込む。そして、その祖母と、もうひとりの主人公である中学生の少年が、映画のなかで様々なコントラストを生み出していく。

 祖母は、公園から町中へと行動範囲を広げ、バイクの運転手や大根餅の行商人まで巻き込んでいく。少年は、照明を絞った暗いインターネットカフェにこもり、カフェ仲間が戻ってこないことに気づいても、行動を起こそうとはしない。見えない世界を信じる祖母は、亡夫に救いを求め、自分がいかに孤独であるかを告白する。一方、少年は、自分のことしか頭にないが、彼の視野がゲームの画面で埋め尽くされたときに、ふと孤独を感じる。さらに、祖母が墓前で燃やす紙のお札と、祖父の存在の痕跡を示す引き裂かれた新聞も、このコントラストに加えることができるだろう。

 祖母と少年は、対照的な軌跡を描いて、同じ地平にたどり着く。迷子になったのは、幼い孫や祖父ではなく、彼らの方だった。しかし、このドラマは、それで完結してしまうわけではない。筆者が注目したいのは、このドラマに登場してもおかしくはないのに、まったく姿を見せない人たち、すなわち祖父母と孫たちの間にいる両親の存在だ。

 実は筆者はこの映画を観ながら、同じ台湾の監督である侯孝賢の初期の作品のことを思い出していた。『童年往事』や『恋恋風塵』では、祖母や祖父と彼らの孫にあたる子供や若者との特別な繋がりが浮かび上がってくる。そして、両親が登場することはあっても、祖父母や孫とは対照的なイメージで表現される。祖父母や孫には動的なイメージがあるのに対して、両親は静的なイメージで描かれるのだ。しかし、だからといって、単純に静に対して動が際立つということにはならない。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   リー・カンション(李康生)
Lee Kang-sheng
製作 ツァイ・ミンリャン(蔡明亮)
Tsai Ming-liang
撮影監督 リャオ・ペンロン
Liao Pen-jung
美術 ルー・リーチン
編集 チェン・シェンチャン
Chen Sheng-Chang
 
◆キャスト◆
 
祖母   ルー・イーチン
Lu Yi-ching
祖父 ミャオ・ティエン(苗天)
Miao Tien
少年 チャン・チェア
Chang Chea
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(配給:プレノンアッシュ)
 
 


 かつて筆者が侯孝賢にインタビューしたとき、彼はこのように語っていた。「中国人の家庭では、両親が仕事に追われるために、自然と子供と祖父の関係が密接になります。だから私の作品は、中国人家庭の縮図とも言えると思います。そして、確かに両親は静的なイメージで描かれていますが、実際には一番葛藤したり努力したりしているのです」。

 この侯孝賢の言葉は、『迷子』について考えるうえでも参考になるだろう。この映画にも、中国人家庭の縮図がある。但しもちろん、侯孝賢と李康生は、世代や育った環境が違うので、映画の背景やドラマの展開には違いが出てくる。『童年往事』や『恋恋風塵』の舞台は農村であり、祖父母と孫は、自然を媒介とするように心を通わせていく。『迷子』の舞台は台北という大都会であり、孫が成長するに従って次第に祖父母から離れていくことが暗示されている。その違いには、中国人家庭の変化を見ることもできるだろう。しかし、もっと興味深いのは、やはり両親の存在のとらえ方だ。侯孝賢は、意識して両親を静的なイメージで描いた。そして、李康生もまた、あえて両親をまったく登場させないことによって、その存在を逆に強調しているのだ。

 これはあくまで筆者の解釈だが、実際に李康生もそういうことを強く意識していたようだ。来日した李康生にインタビューしたとき、彼は両親の不在についてこのように語っていた。「台湾では、三世代同居という考えが根強く、そういう家庭がたくさんあります。それなのに両親が欠落しているのは、真に迷子になったのがその両親の世代なのだと言いたかったからです。両親は、子供の面倒も、自分たちの親の面倒も見ることができないのです。私も、父が亡くなるときにはとても忙しく、きちんと面倒を見ることができませんでした」。

 『迷子』のなかで祖母は、息子の李康生に連絡をとろうとするが、どうしてもつかまらない。この映画には、祖母や少年の喪失感とともに、李康生の世代、そして李康生自身の喪失感が描き出されているのだ。


(upload:2009/01/31)
 
《関連リンク》
映画に見る台湾の過去と現在 ■
李康生(リー・カンション)インタビュー01 ■
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