孤独な天使たち
Io e te  Io e te
(2012) on IMDb


2012年/イタリア/カラー/97分/シネマスコープ/ドルビーデジタル
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(初出:Into the Wild 2.0 | 大場正明ブログ)

 

 

これもまたイニシエーションなき
時代を表現することなのか

 

 イタリアの巨匠ベルナルド・ベルトルッチにとって『孤独な天使たち』は、『ドリーマーズ』(03)以来の新作になる。プレスによれば、『ドリーマーズ』の発表後、重い病に苦しめられたベルトルッチは、一時は引退さえ覚悟したが、車椅子の生活を受け入れたことで映画作りへの意欲が再燃したという。

 映画の原作はニッコロ・アンマニーティの小説『Io e Te』(日本語版は『孤独な天使たち』)。残念ながらこのアンマニーティという作家の作品は一冊も作品を読んだことがないが、にもかかわらず非常に興味をそそられるものがある。それは彼の小説をガブリエーレ・サルヴァトーレス監督が映画化した『ぼくは怖くない』が忘れがたい印象を残しているからだ。

 『ぼくは怖くない』では、南イタリアにある貧しい集落に暮らす少年ミケーレが、ある日、廃屋の裏にある穴のなかに閉じ込められている少年を発見する。深い穴の暗闇で自分はもう死んでいると思い込んでいる少年は、ミケーレを守護天使と呼ぶ。ミケーレはそんな少年を現実に呼び戻そうとするが、逆にミケーレ自身の現実が揺らいでいく。

 というのも、この物語の背景には、マッテオ・ガッローネ監督の『ゴモラ』で書いたようなイタリアの南北問題があり、ある意味でミケーレ自身がすでに穴のなかに閉じ込められているともいえるからだ。

 ベルトルッチの『孤独な天使たち』では、自分を取り巻く世界を受け入れられない少年ロレンツォが、親に嘘をついて密かにアパートの地下室で一週間を過ごす計画を実行に移すが、たまたまそこに長い間会っていなかった異母姉オリヴィアが転がり込んでくる。

 この映画における地下室は、『ぼくは怖くない』における穴を想起させる。それは、同じように南北問題が埋め込まれているということではなく、同じように象徴的な意味を持っているということだ。

 ではどんな象徴なのか。同時期に公開になるベン・ザイトリン監督の『ハッシュパピー バスタブ島の少女』と比較してみるとわかりやすいだろう。この映画には、“海上他界信仰”を反映した少女のイニシエーションが描き出されている。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   ベルナルド・ベルトルッチ
Bernardo Bertolucci
原作/脚本 ニッコロ・アンマニーティ
Niccolo Ammaniti
脚本 ウンベルト・コンタレッロ、フランチェスカ・マルチャーノ
Umberto Contarello, Francesca Marciano
撮影 ファビオ・チャンケッティ
Fabio Cianchetti
編集 ヤコポ・クアドリ
Jacopo Quadri
音楽 フランコ・ピエルサンティ
Franco Piersanti
 
◆キャスト◆
 
ロレンツォ   ヤコポ・オルモ・アンティノーリ
Jacopo Olmo Antinori
オリヴィア テア・ファルコ
Tea Falco
アリアンナ(母親) ソニア・ベルガマスコ
Sonia Bergamasco
祖母 ヴェロニカ・ラザール
Veronica Lazar
フェルディナンド トマーゾ・ラーニョ
Tommaso Ragno
精神科医 ピッポ・デルボーノ
Pippo Delbono
-
(配給:ブロードメディア・スタジオ)
 

 ヒロインの少女が暮らす低地がハリケーンで水没しかけ、しかも唯一の家族である父親が重病で死にかけていると知ったとき、少女は不在の母親がいると信じる場所に向かって海を泳いでいく。そして現実とは隔てられた不思議な場所で、象徴的な死者との交感を通して強靭な生命力を獲得し、現実の世界に戻ってくる。

 『孤独な天使たち』には、そんなイニシエーションを表現する条件が整っている。少年ロレンツォは、イニシエーションなき時代のなかで孤立し、そんな世界から自分を切り離すために地下室にこもる。

 彼は地下室に向かう前に、病院に入院している祖母に面会する。孫がスキー合宿に行くと思っている祖母は、彼が不在の間に自分が死んでいるかもしれないことをにおわせる発言をする。その時点で、地下室には生と死の境界があることが予感される。

 その地下室には、かつての所有者=死者の遺品がそのまま置かれている。薬物中毒であるオリヴィアが禁断症状に襲われることも、ロレンツォが死を身近に感じる契機となるかもしれない。観察用の蟻の巣が壊れ、蟻が逃げ出すことも地下と地上、生と死の境界を際立たせるかもしれない。

 イニシエーションを描くための条件は整っている。だが、ドラマが展開しても、それらは一向に結びつく気配を見せない。象徴的な死者との交感は起こらない。ベルトルッチが関心を持っていたのは、現実と隔てられた空間におけるイニシエーションではなく、少年と異母姉の生、若さや孤独であるようだ。あるいは、そんなふうにしてイニシエーションなき時代を表現しているのだろうか。


(upload:2013/07/03)
 
 
《関連リンク》
『ぼくは怖くない』 レビュー ■
『ゴモラ』 レビュー ■
『ハッシュパピー バスタブ島の少女』 レビュー ■

 
 
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