キャンディ・マウンテン
Candy Mountain  Candy Mountain
(1987) on IMDb


1987年/スイス=フランス=カナダ/カラー/91分/ワイド・スクリーン・サイズ
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(初出:「STUDIO VOICE」1990年、若干の加筆)

 

 

ロバート・フランクの“肩透かしの魅力”
ひねりの効いた逆説的ビート・ムービー

 

 ロバート・フランクが監督した『キャンディ・マウンテン』(87)は、ジュリアスという駆け出しの売れないギタリストが、失踪したギター作りの名人エルモア・シルクを探し求めて、ニューヨークから雪に埋もれたカナダの北の果てまで旅をするロード・ムービーだ。

 ロバート・フランクは、映画作家よりも写真家としてよく知られているのではないかと思う。彼が1958年に発表した写真集『The Americans』は、ウィリアム・クラインの『New York』とともにアメリカの現代写真に多大な影響を及ぼしてきた。しかし、その50年代末にすでに彼は映画作家としての活動を開始し、ビートニクのヒーローたちをとらえたデビュー作『Pull My Daisy』(59)は、ビート・ムービーの傑作として熱狂的な支持を集めている。

 冒頭で触れたような設定のロード・ムービーで、監督がフランクとなると、人はどんな映画を想像するのだろうか。おそらくどんな先入観も期待も、この映画の先の見えない展開のなかで、肩透かしをくい、煙に巻かれてしまうことだろう。少なくともピュアなアウトローのセンチメンタル・ジャーニーではないし、音楽に情熱を燃やすキタリストの求道的な旅でもないが、その程度の先入観を適当に持っていたほうが、意外性を楽しめるともいえる。

 ロバート・フランクの表現には、“肩透かしの魅力”といえるようなものがある。肩透かしというと、弛緩しまくったドラマを連想させるかもしれないが、それが絶大な効果を生み出すこともある。たとえば、フランクの写真家としての地位を決定づけた『The Americans』も、「ライフ」の写真に代表されるようなそれまでのパブリックなイメージに対する大いなる肩透かしといえないこともない。

 そして、フランクのそんな魅力を見事に吸収し、自分のものにしているのが、ジム・ジャームッシュだ。彼が、『ストレンジャー・ザン・パラダイス』をフランクに捧げ、敬愛しているのはよく知られている。ちなみに昨年(93年)来日したジャームッシュにフランクのことを尋ねたら、彼は『Pull My Daisy』のことを、最も偉大なアメリカ映画の一本にして、ビート・ムービーの最高傑作と賞賛していた。


◆スタッフ◆
 
監督   ロバート・フランク
Robert Frank
監督/脚本 ルディ・ワーリッツァー
Rudy Wurlitzer
撮影 ピオ・コラッディ
Pio Corradi
編集 ジェニファー・オージェ
Jennifer Auge
音楽監修 ハル・ウィルナー
Hal Willner
 
◆キャスト◆
 
ジュリアス   ケヴィン・J・オコナー
Kevin J. O’Connor
エルモア ハリス・ユーリン
Harris Yulin
アル・シルク トム・ウェイツ
Tom Waits
コーネリア ビュル・オジェ
Bulle Ogier
アルシー ロバート・ブロッソム
Robert Blossom
ヒューイ レオン・レッドボーン
Leon Redbone
ヘンリー ドクター・ジョン
Dr. John
キース デヴィッド・ヨハンセン
David Johansen
ウィニー リタ・マクニール
Rita MacNeil
アルストン アート・リンゼイ
Arto Lindsay
マリオ ジョー・ストラマー
Joe Strummer
アリス ローリー・メカルフ
Laurie Metcalf
ルシール ジェーン・イーストウッド
Jayne Eastwood
ココ カズコ・オオシマ
Kazuko Oshima
ガンザー エリック・ミッチェル
Eric Mitchell
ダルレーヌ マリー・マーガレット・オハラ
Mary Margaret O’Hara
-
(配給:ケイブルホーグ)
 

 そのジャームッシュの映画では、登場人物たちがいつも肩透かしをくわされる。エリー湖を見にいくと雪でなにも見えないし、憧れのフロリダは、陽光燦々のパラダイスには程遠く、どこか寂れている。憧れのサン・スタジオを訪れた日本人カップルの期待は、早口のガイドによって煙に巻かれてしまう。しかし、その結果は単に期待が削がれるだけではない。

 登場人物たち(と観客)は、肩透かしによって次第に既成のイメージや記号、そして時間や空間、果ては映画という枠組みからも解き放たれていく。そこにビート的なスピリットがしっかりと浮かび上がってくる。

 話が横道にそれたが、『キャンディ・マウンテン』の肩透かしにはかなりひねりが効いている。まず登場人物たちは、誰もが金でしか動かない。主人公は名人エルモアを探して彼の家族に出会うが、名人の弟も娘もみな金を要求する。そして、実は主人公もまた、金欲しさにエルモアの知人を装い、名人のギターで商売をしようとしている男たちから前金をせしめる詐欺師まがいのチンピラなのだ。

 この映画は、そんな金絡みの人間関係をクルマでユーモラスに表現している(このクルマをめぐるブラックなテイストは共同監督・脚本のルディ・ワーリッツァーによるところが大きいのではないかと思う)。主人公は、ガールフレンドに愛想をつかされ、クルマごと逃げられてしまう。親切心からクルマに乗せてくれたと思った男は、後でちゃっかり金を請求する。エルモアの弟は、主人公に千ドルでサンダーバードを譲る。エルモアの娘は、サンダーバードを取ってボロボロのワーゲンを押しつける。ワーゲンは走るそばから黒い煙を吐き出し、今度は金を上乗せして古いシボレーに….。

 こうして主人公が金を失い、クルマを失い、そして名人のギターを失い(?)、すべてを失うときそこになにかが残る。『キャンディ・マウンテン』は、ひねりの効いた逆説的ビート・ムービーといいたくなるような愛すべき映画だ。そして、トム・ウェイツやドクター・ジョン、アート・リンゼイ、ジョー・ストラマーといった曲者ミュージシャンたちが、それぞれにユニークなキャラクターで、フランクの肩透かしの魅力を盛り立てているところも見逃せない。


(upload:2013/01/01)
 
 
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