チャパクア

1966年/アメリカ/カラー&モノクロ/82分/スタンダード/モノラル
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(初出:「チャパクア」劇場用パンフレット)

自己探求に囚われた男の映画

 

 この映画「チャパクア」を実際に観るまで、筆者にとってこの題名が意味するものは、まず何よりもフリージャズの先駆者オーネット・コールマンが66年に発表した「チャパクア組曲」だった。これは筆者のお気に入りのアルバムである。フランス人のジャズ雑誌の編集者が書いたこのアルバムの解説には、 この作品の誕生の経緯がこんなふうに説明されている。

 「チャパクア」はコンラッド・ルークスというアメリカ人の新鋭監督のデビュー作で、彼は4年を費やして世界をまわり、彼のメッセージをフィルムに刻み込んだ。そして作業も最終段階にさしかかったとき、映画の音楽をオーネットに依頼することを思いついた。 オーネットは大編成のミュージシャンたちとスタジオにこもって作品を作り上げた。ところがルークスは、この音楽を使うことを躊躇し、結果的には他のミュージシャンに音楽を依頼し、オーネットのファンのために作品をレコード化する話を持ちかけた。それが「チャパクア組曲」なのだ。

 筆者はこの映画を観ることがあったら、映画がオーネットにどのようなインスピレーションをもたらし、またなぜ彼の音楽が使われなかったかということも考えてみたいと思っていた。そして、実際に映画を観て自分なりに納得できるものがあったし、この音楽変更という事実そのものがこの映画の魅力を物語っているようにも思えた。

 映画「チャパクア」はビート的な作品であり、それは言葉をかえれば極めて個人的な作品だといえる。ビート・ジェネレーションというような表現を目にすると、そこにはいかにも同じ方向に向かう明確なムーヴメントが存在するような錯覚をおぼえる。しかし本来ビートとは、たとえばドラッグや音楽を通して他者と感覚を共有するようなものではなく、 あくまで個人の探求であり、個人を掘り下げることから結果として社会が浮き彫りにされることにもなる。

 この映画にはバロウズやギンズバーグを筆頭に注目すべき人物が次々と登場するが、これは決して彼らの才能を結集した作品でもなければ、ビートの記録映画でもなく、その魅力はルークスの徹底した個人の探求にある。それは彼の原体験のひとつである映画が、 幻覚のなかに突拍子もないイメージで再生されるところにもよく現われている。


◆スタッフ◆

監督/脚本/製作
コンラッド・ルークス
Conrad Rooks
撮影 ロバート・フランク
Robert Frank
編集 クノー・ベルティエ
Kenout Peltier
オリジナル音楽/作曲/監修 ラヴィ・シャンカール
Ravi Shankar
音楽アドバイザー フィリップ・グラス
Philip Glass

◆キャスト◆

ベノワ医師
ジャン=ルイ・バロー
Jean-Luis Barrault
ラッセル・ハーウィック コンラッド・ルークス
Conrad Rooks
オピウム・ジョーンズ ウィリアム・S・バロウズ
William S.Burroughs
メシア アレン・ギンズバーグ
Allen Ginsberg

(配給:ケイブルホーグ)
 


 そして、この個人の探求から見えてくるものをルークスとオーネットが共有していなかったわけではない。「チャパクア組曲」では、2管編成のカルテットと13本の管と弦のアンサンブルが対置される。アンサンブルが作り上げる不協和音の幻惑的な空間のなかで、カルテットは目まぐるしくリズムを変え、激しく揺れ動きながらも、 アンサンブルの不協和音に対して冷たく覚醒するようなオーネットのアルト・サックスをサポートしていく。このアンサンブルは幻覚のイメージを強調し、アルトは限りなく死に近いところで覚醒する意識を想起させる。そんな接点から映像と音楽を結びつければそれはそれで素晴らしい作品になったに違いない。

 しかし映画「チャパクア」はそんなふうに映像と音楽を明確に対置できる作品ではない。というのも、ルークスはいままさに作られつつある映画の世界のなかに自分自身を巻き込み、不安定で無防備な状態に身を置くことによって隠れた自己をあぶりだそうとするからだ。テッド・モーガンの長大なバロウズ伝『LITERARY OUTLAW』によれば、 ルークスはこの映画の撮影途中でロバート・フランクを首にしたとある。その記述は非常に短く、真偽は定かではない。しかし、この映画を観るとそんなことがあっても不思議ではないし、オーネットの音楽を使うことをやめて、かわりに路上で偶然出会ったラヴィ・シャンカールを巻き込んでも不思議ではないと思えてくる。そんなふうにして自己を徹底的に掘り下げ、 そこから見えてくるものを刻み込んだ作品であることが、「チャパクア」を極めてビート的な作品にしているのである。


(upload:2001/01/12)
 


《関連リンク》
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