パッセージズ/ラヴィ・シャンカール,フィリップ・グラス

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(初出:「パッセージズ」ライナーノーツ、1990、若干の加筆)
ターニング・ポイントと再会のコラボレーション

 ラヴィ・シャンカールとフィリップ・グラス。かたやインド音楽を代表するシタール奏者/作曲家、かたやスティーヴ・ライヒやテリー・ライリーなどとともに(ポスト)ミニマル・ミュージックを代表する作曲家である。

 ふたりのアーティストはそれぞれに独自の音楽世界を築きあげ、活動をつづけているが、彼らの音楽には重要な接点がある。彼らは、ワールド・ミュージックという言葉が一般化する遥か以前、東洋と西洋の音楽的な出会いが始まる60年代に運命的な出会いを果たし、 シャンカールの存在がグラスの音楽的なキャリアのターニング・ポイントにもなっているのだ。そこで、彼らの出会いの意味を、ふたりのアーティストのプロフィールを追いながら考えてみることにしよう。

 ラヴィ・シャンカールの存在が西洋に知れ渡るのは、60年代半ばのこと。当時彼は、叔父にあたる舞踏家のダンス・グループにシタール奏者として同行して西欧を回ったり、ウラン・カーンや彼の息子アリ・アクバル・カーンらとコンサート・ツアーをしたりしていた。 そして1965年、シャンカールはあるパーティーで、ビートルズのジョージ・ハリスンと出会う。当時シャンカールは、ビートルズについて何も知らなかったが、ジョージの方はすでにシタールに興味を持ち、その奏法を習得したいと思っていた。そこでジョージは、シャンカールといっしょにインドに赴き、6週間の指導を受ける。

 この出会いがきっかけになって、シタールの響きはサイケデリックなロックのひとつの側面を担うまでになるが、結局のところロックのフォーマットと複雑なラーガの構造は相容れないものであり、シタールとそのスケールはほとんどの場合、単なるエキゾティックな効果をかもしだすにとどまっていた。

 シャンカールとジョージが出会った頃、新進の作曲家フィリップ・グラスは、フルブライト基金によってパリに音楽留学し、ナディア・ブーランジェについて、和声と対位法を学んでいた。彼女のもとからはアーロン・コープランドやヴァージル・トムスンといったアメリカ人の作曲家たちが巣立っていたが、 グラスはそうした先達とは異なる考え方を模索しているところだった。

 フィリップ・グラスが音楽を学び出したのは8歳の頃のこと。最初はフルートとビアノを習い、それから、作曲や和声を学ぶようになる。ボルティモアで育った彼は、父親がレコード店を経営していたこともあって、早くから様々な音楽に親しんでいた。そして、15歳でシカゴ大学に入り、哲学を専攻する。 しかし音楽への関心を捨てきれず、1960年にジュリアード音楽院に入り、その後にパリ留学ということになる。


◆パッセージズ/Passages◆

01
オファリング
Offering
02 サダニパ
Sadhanipa
03 チャンネルズ・アンド・ウィンズ
Channels and Winds
04 ラーガス・イン・マイナー・スケール
Ragas In Minor Scale
05 ミーティングス・アロング・ジ・エッジ
Meetings Along the Edge
06 プラシャンティ
Prachanti (Peacefulness)
 
 
 


 パリのグラスは、自分の音楽に満足できず、悶々とした日々を送っていたが、そこに幸運な出来事が起こる。彼は、映画「チャパクア」のサウンド・トラック製作に参加することになる。そのサントラを担当していたのが、まさにラヴィ・シャンカールその人だったのだ(ジャズに詳しい方ならご存知のように、 当初この映画の音楽を担当していたのはオーネット・コールマンだったが、出来上がった音楽があまりにも過激だったために、彼の「チャパクア組曲」は幻のサントラとして発売されることになった)。サントラのレコーディングにあたって、シャンカールのスコアを編作する必要が生まれ、グラスにその仕事が回ってきたというわけだ。 シャンカールは当時のことをこんなふうに回想している。「お金を稼ぐために、彼(グラス)は、できるだけいろいろなセッションに参加していた。私はたまたまその時、映画「チャパクア」のサントラをレコーディングしていて、そこにセッションのミュージシャンとして彼がやってきたんだ」。

 インドの伝統音楽との出会いは、グラスのキャリアのターニング・ポイントになった。グラスは現在でも、シャンカールと彼のグループのタブラ奏者アラ・ラーカが、彼の創作に根本的な影響を及ぼしていると語っている。シャンカールは、インド音楽に関心を持ったグラスをこのように回想する。 「彼(グラス)に出会った瞬間に、彼がとても興味を持っていることがわかった。彼は、ラーガとターラ(インド音楽で打楽器が受け持つ強弱のリズム型、拍子)について私に質問をはじめ、すべてのスコアを書いていった。一週間、とにかくたくさんの質問をしてきた。彼が本当に興味を持っているのがよくわかったので、短い間だったが彼に教えられることはみんな話した」。

 グラスが魅了されたのは、シタールの神秘的な響きではなく、インド音楽の複雑な構造、特に北インドの音楽の反復されるリズム・パターンだった。そのパターンが、グラスにとって未知の時間の流れを作り上げていた。起承転結ともいうべきドラマティックな構造を持つ典型的な西洋音楽とは違って、インド音楽は、表面的に発展し、 どこかに進んでいくというようなことがなく、同じエネルギーのレベルをずっと維持しつづけるのだ。

 インド音楽に触発されたグラスは、それから66年にインドに行って、先述のタブラ奏者アラ・ラーカについてインド音楽のリズムを学び、また、モロッコやアフリカなどにも赴き、非西欧諸国の音楽を研究する。そして、1967年にニューヨークに戻ってきたとき、彼の頭のなかにはミニマリズムの構想がしっかりと固まっていた。

 ふたりの出会いについては、だいたいこのようなことになるが、その後のシャンカールとグラスについては、あまり解説の必要もないと思う。シャンカールは、多くのソロ作品に加えて、様々なアプローチで東洋と西洋の融合を試みる作品、あるいは、アンドレ・プレヴィンやズビン・メータの指揮するオーケストラと共演したり、 先述の「チャパクア」や「ガンジー」といった映画音楽の製作など、多方面に活躍の場を広げている。そして現在では、元タンジェリン・ドリームのピーター・バウマンが主宰するプライベート・ミュージックと契約し、作品を発表している。

 一方グラスは、演出家ロバート・ウィルスンと組んだ「浜辺のアインシュタイン」、ガンジーを題材にした「サティヤグラハ」、エジプトの一神教社会を題材とした「アクヘナトン」、写真家エドワード・マイブリッジを題材にした「フォトグラファー」などオペラ/舞台の音楽を中心に、「コヤニスカッティ」や「ミシマ」といった映画音楽も精力的にこなし、 ロック/ポップのフィールドのミュージシャンを多数起用したヴォーカル・アルバム「Songs from Liquid Days」のような異色の作品も発表したりしている。

 「パッセージズ」は、プライベート・ミュージックにおけるシャンカールの3作目の作品となる。シャンカールとグラスのコラボレーションに意味があることはもはや説明の必要はないだろう。

 このアルバムには、全6曲が収録されている。シャンカールとグラスは、3曲ずつ曲を書いている。具体的には@DEがシャンカールのオリジナルで、ABCがグラスのオリジナルだ。このうち@DとACについては、ふたりが曲を交換してアレンジし、ACEをシャンカールと彼のアンサンブルが、@BDをグラスのアンサンブルが演奏している。

 そんなふうに書いてもぴんとこないかもしれないが、全6曲の並べ方には、工夫が凝らされている。各曲を作曲、アレンジ、演奏の組み合わせで比較してみると、@がシャンカール―グラス―グラス、Aがグラス―シャンカール―シャンカール、Bがグラス―グラス―グラス、CがAに同じ、Dが@に同じ、そしてEがシャンカール―シャンカール―シャンカールということになる。 つまり、作曲、アレンジ、演奏に関する両者のアプローチをシンメトリックに対比しながら、彼らの音楽を楽しむことができるようになっているのだ。

 グラスの音楽は、最近では西欧的なドラマティックな構造による展開が目立っていたが、ここでは、そうした構造とゆったりとした時間の流れが自然なバランスを作り上げている。またシャンカールに関しては、作曲面で時として形式的な固さのようなものを感じることがあったが、ここにはそういった印象はなく、アンサンブルのアレンジが洗練され、 多彩なコラボレーションを見せている。シャンカールとグラス、このアルバムが双方にとって意義のある再会になったことは間違いないだろう。


《参照/引用文献》
『Recombinant Do・Re・Mi』●
Billy Bergman and Richard Horn
『New Sounds』●
John Schaefer
『KEYBOARD』誌1987年4月号●
<Philip Glass>by Bob Doerschuk

(upload:2001/01/06)
 


《関連リンク》
GlassPages - Pilip Glass on the Web ■
RIMPA Ravi Shankar Institute for Music and Performing Arts ■
The Ravi Shankar Foudation ■
「チャパクア」レビュー ■

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