多くの芸術家に影響を及ぼしたバロック絵画の先駆者カラヴァッジョ(1571‐1610)。彼は、聖と俗、理性と衝動、愛と憎しみ、創造と破壊、栄光と挫折など、対極のものがせめぎあう人生を送り、わずか38歳で没した。
イギリス映画界の異端児・故デレク・ジャーマンも86年にこの画家の生涯を映画化しているが、ジャーマン版と本作では、画家に対する視点がまったく異なる。
前者では、画家でもあり、同性愛者として生きたジャーマン自身の人生が投影され、主観的な視点が強調されていた。一方、アンジェロ・ロンゴーニ監督のこの作品では、権力闘争を繰り広げる教会勢力やパトロンとなる貴族との駆け引き、複雑な女性関係、殺傷沙汰、投獄、逃亡生活など、波乱に満ちた生涯がより客観的に描き出され、画家の全体像が浮かび上がってくる。
さらに、ヴィットリオ・ストラーロが撮影監督を務めていることも見逃せない。アカデミー賞に3度も輝いたこの巨匠の出発点をここで振り返っておくことは決して無駄ではない。
ストラーロには、学校で撮影を学び、カメラ・オペレーターとして撮影の現場を経験した後で、しばらく映画を離れていた時期があった。実は彼は、撮影監督になる以前に、文学、絵画、彫刻、建築、音楽など、映画以外の芸術を学んでいた。
彼は以前“International Cinematographers Guild”のインタビュー「A Conversation with Vittorio Storaro」で、その時期に学んだ芸術家として、文学ではフォークナー、音楽ではモーツァルト、そして絵画では、カラヴァッジョ、レンブラント、フェルメールの名前を挙げていた。絵画については、光と影が重要な位置を占める画家ばかりだが、その原点はもちろんカラヴァッジョにある。
この映画では、カラヴァッジョの絵画から多大な影響を受けたストラーロが、絵筆ではなくカメラで、カラヴァッジョの光と影の世界を再現する。彼が生み出す光と影のコントラストや繊細な色彩が、天才画家の波乱に満ちた生涯を際立たせているのだ。 |