今、僕は
Now, I ...  Ima Boku Wa
(2008) on IMDb


2007年/日本/カラー/87分/DV
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(初出:Into the Wild 1.0 | 大場正明ブログ 2009年7月17日更新)

 

 

繰り返される日常のなかに“今”を見出す
身体の震えと心の震えがひとつになる瞬間

 

  竹馬靖具監督の『今、僕は』は、ひきこもりやニートを題材にした作品だ。主人公は母親とふたりで暮らす20歳の悟。映画は彼の日常を見つめていく。自分の部屋にひきこもる悟と母親の間にはほとんどコミュニケーションがない。

 ある日、母親が仕事に出ている間に、藤沢という男が訪ねてくる。悟はわけもわからないままに藤沢に連れ出され、自然に囲まれたワイナリーで働くことになる。藤沢はかつて母親と同じ職場で働いていたことのある後輩だった。

  竹馬監督がダルデンヌ兄弟に影響を受けていることはすぐにわかる。説明的な描写や言葉、音楽は排除され、撮影の現場から自発的に生じる動作や空気が映像に刻み込まれていく。しかも、ダルデンヌ兄弟が、現場の自発性と緻密な構成を両立させていたように、この映画も、単にドキュメンタリーのようにカメラが悟を追っていくのではなく、考えられた構成を備えている。

 そして、ダルデンヌ兄弟が、少年や少女の通過儀礼や移行の問題を探求することから独自の世界を切り開いたように、この映画でも、悟の移行、変化の兆しに関心が向けられている。

  こんなふうに書くと、ダルデンヌ兄弟の模倣かと誤解されかねないが、この映画では、竹馬監督のスタイルというものが確立されているし、カメラワークも驚くほどしっかりしている。あるいは、こういう言い方もできる。ダルデンヌ兄弟を模倣しようとするだけでは、すぐにぼろが出る。

 筆者は彼らに何度もインタビューしているが、兄弟は実に穏やかな人物に見えるものの、その言葉からは、映画に対する揺るぎない信念と姿勢が伝わってくる。竹馬監督はそれを見極めていると思う。

  『今、僕は』で筆者がまず注目したいのは、そのタイトルだ。主人公の悟にとって"今"とは何なのか。この映画の始まりにおいては、彼に今など存在しないに等しい。彼は毎日、ゲームをやり、漫画を読み、腹がへると閉ざされた部屋からキッチンに出てきて、ドリンクとジャンクフードを漁る。母親が用意した食事には手をつけようとしない。ときどき大きな橋の向こうにあるコンビニまで買い物に出る。あとは寝るだけだ。昨日も明日も変わらない。そういうくり返しのなかには今はない。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本/編集/プロデュース   竹馬靖具
撮影/編集 宗田英立大
 
◆キャスト◆
 
鈴木悟   竹馬靖具
藤沢よしはる 藤沢よしはる
鈴木良美
田中誠 志賀正人
-
(配給:chiyuw)
 

  その凄まじい閉塞感は、風景をも侵食していく。悟がコンビニに向かう道は、開かれた空間であるはずなのに、それを感じない。藤沢がワイナリーを取り巻く山々を一望できる高台に悟を案内する場面でも、彼らが生きている世界の違いが際立つ。さらに、ワインの熟成の時間と昨日も明日もない悟の時間のコントラストも印象に残るだろう。

  しかし、そんな彼の生活に変化が起こる。これまで悟は、息子を何とかしようとする母親に対して言葉ではむかうだけだったが、ついに暴力を振るってしまう。それは彼がさらに悪い方向に踏み出してしまったことを意味するように見えるが、必ずしもそうではない。

  竹馬監督が見つめているのは、悟の身体と感情のずれだ。もちろん本人はそれを自覚などしていない。だが、母親を憎んでいるわけではないのに、感情が暴走したことで、自分の今をわずかだが認識するようになる。彼の揺れは、自分の部屋からそっと母親の様子をうかがったり、食事に手をつけたり、電話の音に敏感に反応して出るといったささいな行動に表れる。

  だが、竹馬監督は、ダルデンヌ兄弟が『ロゼッタ』で、少女ロゼッタを生か死かというところまで追い詰めたように、悟をぎりぎりの選択を迫られる場所まで追い詰める。悟は予想もしない悲劇に見舞われる。そして今度は、目の前の現実に対して感情が追いつかないために、ひとりでもがくことになる。

 その悟ほど出番は多くないが、この映画は藤沢の物語でもある。彼は孤立する悟に手を差し延べようとするが、必ずしも善意からそういう行動をとるわけではない。彼は過去を背負い、そのために眠れないこともある。

 突き詰めれば藤沢は自分のために悟に執拗につきまとい、それがこの映画のクライマックスを忘れがたいものにする。彼らはひたすら走る。そこには何かを考える余裕などない。そしてやがて悟の身体の震えと心の震えがひとつになる瞬間が訪れる。

 これは映画を観てから知ったことだが、web-DICEに取り上げられていた竹馬監督の発言には驚かされた。「僕、元々役者だったんです。ダルデンヌ兄弟の『ある子供』という映画を観て、自分もこんな映画に出たいと思いました。でも日本には無い。じゃあ作ってしまえと思い、この映画を創りました。元々自分は日本にしかない社会問題を映画にしようと考えていました。そして一番身近だったのが、ひきこもりやニートの問題だったのです」

 彼は監督・脚本・編集・プロデュース・主演をこなし、独学でこの映画を作り上げた。悟の演技も真に迫っていた。これは凄いことだ。


(upload:2012/01/02)
 
 
《関連リンク》
ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ・インタビュー01 ■
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