ハウス・オブ・グッチ
House of Gucci


2021年/アメリカ/英語/カラー/159分
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(初出:)

 

 

原作ノンフィクションに施された様々な脚色と過剰な演技
ブラック・コメディと見ることもできる創業者一族の崩壊

 

[Introduction] フィレンツェで設立され、現代のファッションブランドの元祖と呼ばれるGUCCI。巨匠リドリー・スコット監督が手掛ける本作は、ブランドの成功の陰にある〈グッチ一族崩壊〉の衝撃の“実話”を基に、1970年から始まった一族の30年にわたる愛、裏切り、退廃、復讐、そして殺人に至るまでを辿っていく…。原作は、ファッション・ジャーナリスト、サラ・ゲイ・フォーデンのノンフィクション『ザ・ハウス・オブ・グッチ』。主役のパトリツィアを演じる唯一無二のアーティスト、レディー・ガガ(『アリー/スター誕生』でアカデミー賞主演女優賞ノミネート)をはじめ、パトリツィアの夫マウリツィオを「スター・ウォーズ」シリーズのアダム・ドライバー、マウリツィオの狡猾な伯父を名優アル・パチーノ、マウリツィオの独創的な従兄弟をジャレッド・レト、そして、昔気質な父親をジェレミー・アイアンズが演じ、豪華キャストが“華麗なる一族の真実”を明らかにする。(プレス参照)

[Story] 父が営む運送業で経理を手伝っていたパトリツィア・レッジャーニは、友人の誘いで行ったパーティーで、イタリアで最も裕福で格式高いグッチ家の後継者の一人であるマウリツィオ・グッチと出会い、親しくなっていく。マウリツィオの父ロドルフォは、パトリッツィアが財産目当てで息子に接近していると考え、結婚に反対するが、ふたりの思いが揺らぐことはなかった。

 GUCCIの実質上のトップで、ロドルフォの兄であるアルドは、パトリツィアを気に入り、新婚夫婦をNYにも招待する。家業を継ぐことに興味のなかったマウリツィオだが、パトリツィアは占い師ピーナの助言なども受けて夫を説得。妊娠をきっかけにふたりはNYに移り住み、アルドからブランドの仕事を託される。やがてロドルフォが死去。パトリツィアの行動は次第に支配的になり、アルドや彼の息子パオロと対立するようになる。順風満帆だったふたりの結婚生活に陰りが見え始めたとき、パトリツィアは破滅的な結果を招く危険な道を歩み始める…。

[以下、本作のレビューになります]

 リドリー・スコット監督の『ハウス・オブ・グッチ』は、父親が経営する運送会社で経理の手伝いをしているパトリツィア・レッジャーニが、友人の誘いで行ったパーティーで、偶然、マウリツィオ・グッチに出会うところから始まる。その出会いで本気になるのは、パトリツィアの方だ。彼女はマウリツィオのあとをつけ、図書館で偶然に出会ったように装い、彼に積極的にアプローチしていく。やがてマウリツィオも彼女に惹かれるようになり、ふたりは彼の父親ロドルフォの反対を押し切って結婚する。


◆スタッフ◆
 
監督/製作   リドリー・スコット
Ridley Scott
原作 サラ・ゲイ・フォーデン
Sara Gay Forden
脚本 ベッキー・ジョンストン、ロベルト・ベンティベーニャ
Becky Johnston, Roberto Bentivegna
撮影 ダリウス・ウォルスキー
Dariusz Wolski
編集 クレア・シンプソン
Claire Simpson
音楽 ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ
Harry Gregson-Williams
 
◆キャスト◆
 
パトリツィア・レッジャーニ   レディ・ガガ
Lady Gaga
マウリツィオ・グッチ アダム・ドライバー
Adam Driver
アルド・グッチ アル・パチーノ
Al Pacino
ロドルフォ・グッチ ジェレミー・アイアンズ
Jeremy Irons
パオロ・グッチ ジャレッド・レト
Jared Leto
ドメニコ・デ・ソーレ ジャック・ヒューストン
Jack Huston
ピーナ・アウリエンマ サルマ・ハエック
Salma Hayek
パオラ・フランキ カミーユ・コッタン
Camille Cottin
-
(配給:東宝東和)
 

 筆者は、GUCCIの創業者一族のことをほとんど知らないし、それほど関心があったわけでもないが、ずいぶん前にこのふたりに関する記事かなにかを読んだことがあり、マウリツィオの方が本気になったような気がしていた。ただそれは勘違いかもしれないので、確かめるためにサラ・ゲイ・フォーデンの原作『ザ・ハウス・オブ・グッチ』をちょっと読んでみた。ふたりの馴れ初めについて、原作では以下のように表現されている。

「マウリツィオはその夜退屈していた――パトリツィアが身体の線を強調する真っ赤なドレスで登場するまでは。一目見た瞬間から、彼は彼女から目を離すことができなくなった。やぼったいタキシードを着ていたマウリツィオは、ある有名ビジネスマンの息子とグラスを片手にしゃべりながらも、パトリツィアが友人たちと笑ったりしゃべったりする姿から目を離せず、会話が上の空になっていた」

「マウリツィオは頭のてっぺんから爪先まで興奮でぞくぞくした。撃ち抜かれたみたいに彼女に魅せられた彼は、言葉を失ってうっとりと見つめるばかりだ」

 ふたりの馴れ初めがこれだけ違えば、その後の展開もやはり違ったものになるだろう。本作では、家業を継ぐことに関心がなかったマウリツィオを、パトリツィアが主導権を握ることによって変えていくように見える。だが、原作のマウリツィオはもともと野心家だったが、父親のロドルフォに抑え込まれていたためにそれを表に出すことができずにいた。だから、パトリッツィアは、正体をあらわしたマウリツィオを見て、このように考える。

「パトリッツィアはそのころやっと、『マウリツィオは権力と富を握ると人間が変わってしまうから気をつけるように』という舅の警告に思い当たった。舅がいったとおりだ。夫はグッチにかける自分の夢を脅迫的に追い求め、ほかのすべてを切り捨ててしまっている――家庭も捨てようとしている。妻の私の意見や忠告に耳を貸そうとしない。夫婦の間にすきま風が吹き始めていた」

 リドリー・スコットが、男性が支配する創業者一族と渡り合う野心家の女性を描こうとしたのであれば、レディ・ガガのキャラクターはぴたりとはまっているが、本作における様々な脚色や過剰な演技は、そんなヴィジョンを越えているように思える。

 過剰な演技といえば、ジャレッド・レトが特殊メイクで大変身して演じるアルドの息子パオロが際立っているが、脚色と絡み合った過剰な演技というのもある。たとえば、パトリツィアの助言者となる占い師のピーナ・アウリエンマの存在だ。パトリツィアは、占い師としてテレビで電話相談を受けているピーナに電話し、悩みを打ち明けたことがきっかけで彼女と親密になっていく。だが、原作のピーナは以下のように表現されている。

「マウリツィオが出ていったあと、パトリツィアは一人の好ましからぬ友人に一心に頼った。ナポリ生まれのピーナ・アウリエンマという女性だ。彼女はパトリツィア夫婦と何年も前に、ナポリにほど近い、温泉と泥風呂で有名なイスキア島という保養地で知り合った。ピーナは食品関係の事業を展開する実業家の家庭の出身で、活発で楽しい仲間ができたとパトリツィアは喜んだ。それから夏になるとカプリで一緒に休暇を過ごし、彼女の紹介でパトリツィアはそこに別荘を買った。ナポリの人独特の皮肉っぽい冗談をよくいい、タロット・カードの名手で、パトリツィアは夫に去られた胸の痛みを和らげるために彼女と長い時間を過ごした」

 こうした脚色や過剰な演技を踏まえるなら、本作は、帝国を築きながらも帝王学とは無縁だった創業者一族の悲劇を描くブラック・コメディと見ることもできるだろう。マイケル・ウィンターボトムは、『グリード ファストファッション帝国の真実』で、人気ファッション・ブランドTOPSHOPを擁しながら経営破綻した実在のファストファッション王フィリップ・グリーン卿をモデルに、リチャード・マクリディ卿というキャラクターを作り、格差を生む市場主義を痛烈に風刺するブラック・コメディに仕立てたが、そういうアプローチもあったのではないかという気もする。

《参照/引用文献》
『ザ・ハウス・オブ・グッチ』 サラ・ゲイ・フォーデン●
実川元子訳(講談社、2004年)

(upload:2022/01/02)
 
 
《関連リンク》
マイケル・ウィンターボトム
『グリード ファストファッション帝国の真実』 レビュー
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