では、『エヴァの告白』では、そんなグレイの世界がどのように変化しているのか。まず際立つのが、エヴァというヒロインの存在だ。グレイはこれまで、兄弟や父親と息子、幼なじみの親友など、男を主人公にし、女は彼らの母や妻、恋人という脇役の立場にあった。エヴァは娼婦に身を落としながらも、男に従属するのではなく、蔑まれることを拒む誇りを持った女として描かれる。それから時代背景だ。これまでグレイは自分がよく知る身近な世界の延長線上で想像を膨らませ、物語を紡ぎ出してきたが、新作では1920年代という遠い過去へ遡っている。
しかし、旧作の世界と繋がりがないわけではない。グレイがユダヤ系の家族にこだわってきたのは、元をたどれば祖父母がロシアからエリス島にたどり着いたユダヤ人だったからであり、実際、この物語はユダヤ系移民と深い関わりを持っている。それを明らかにするためには、時代をもう少し遡る必要がある。海の向こうでは1881年にロシア皇帝アレクサンドル二世が暗殺された事件を契機に、ユダヤ人の虐殺が巻き起こり、その後、大量の東欧ユダヤ人がアメリカに移住することになった。その多くが流れ込んだのがニューヨークのロウアー・イーストサイドで、そこからはやがてユダヤ系のギャングが台頭するが、その足がかりになったのが売春業だった。
新作はそのロウアー・イーストサイドを舞台にしている。そんなグレイの関心を踏まえるなら、エヴァがカトリックのポーランド人という設定は意外に思えるかもしれない。しかし彼は『アンダーカヴァー』でも似た図式を盛り込んでいる。この映画では、警官一家であることを誇りにする父と兄、彼らに反発し、裏社会に生きる弟の確執が描かれる。そのドラマは一家がカトリックであることを物語り、かつグルジンスキーという彼らの姓がポーランド系を思わせる。ところが、弟はグリーンという母方の姓を名乗り、その姓は亡母がユダヤ系だったことを示唆する。
『エヴァの告白』では、そんな境界が男女の関係を際立たせる。何もわからないまま過酷なユダヤ人社会に紛れ込んでしまったエヴァは、そこでふたりの男と向き合う。彼女に想いを寄せるそのふたりの男には、エヴァのなかでせめぎ合うふたつの感情が巧みに投影されている。ブルーノは、昔の恋人に対して紳士を装い、仕事を隠したという告白が物語るように実は自分を恥じている。一方、エミールは、何をしているかは関係ないと語り、エヴァが幸福になる権利を肯定する。
だがグレイはそんな図式を、エヴァがどちらの男を選ぶのかというような平凡な物語にはしない。エヴァの叔父の密告、ブルーノとエミールの女をめぐる因縁、ブルーノが盗み聞きするエヴァの告解、銃とナイフで起こる過ち、娼婦ベルヴァの密告などが、エヴァとブルーノを複雑に絡ませる。そして最後にブルーノは、恥じることのない自己を曝け出し、エヴァの前に未来が開ける。エリス島に始まり、エリス島で終わるこの映画は、グレイでなければ描けないようなアメリカン・ドリームの物語になっている。
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