エヴァの告白
The Immigrant  The Immigrant
(2013) on IMDb


2013年/アメリカ=フランス/カラー/118分/スコープサイズ/5.1chデジタル
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(初出:『エヴァの告白』劇場用パンフレット)

 

 

ジェームズ・グレイでなければ描けない
アメリカン・ドリームの物語

 

[ストーリー] 1921年、アメリカ。両親を殺された戦火のポーランドから、妹と二人でニューヨークのエリス島にたどり着いたエヴァは、新しい人生を夢見ていた。しかし、病気の妹は入国審査で隔離され、エヴァ自身も理不尽な理由で入国を拒否される。強制送還を待つばかりのエヴァを助けたのは、彼女の美しさにひと目で心を奪われたブルーノだった。移民の女たちを劇場で踊らせ、売春を斡旋する危険な男だ。彼の手引きで厳格なカトリック教徒から娼婦に身を落とすエヴァ。すべての希望を打ち砕かれたエヴァが、生きるために犯した罪とは――? [プレスより]

 ジェームズ・グレイ監督は新作『エヴァの告白』以前に4本の作品を監督しているが、この新作の魅力に迫るためには、彼が旧作でどのような世界を切り拓いてきたのかを振り返っておいたほうがよいだろう。というのも新作では、これまでにない新しい要素と旧作に見られた要素が結びつき、ドラマに深みを生み出しているからだ。

 グレイ監督の世界の特徴は、その題材とドラマツルギーによく表れている。グレイの祖父母はロシアからアメリカに渡ったユダヤ人で、彼はユダヤ系の家族というものに強いこだわりを持っている。だから、デビュー作の『リトル・オデッサ』(94)や前作の『トゥー・ラバーズ』(08)では、ロシア移民が多く暮らすニューヨークのブライトン・ビーチを舞台に、ユダヤ系の家族の物語が描かれ、3作目の『アンダーカヴァー』(07)でも、ユダヤ人の血筋が隠れたポイントになっている。

 グレイは、そんな家族の物語を独特のドラマツルギーで描き出す。彼はフランシス・フォード・コッポラやマーティン・スコセッシが頭角を現した70年代のアメリカ映画に多大な影響を受け、南カリフォルニア大学のスクール・オブ・シネマティック・アーツで映画を学んだ。しかし、それだけの素養ではヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞に輝いた『リトル・オデッサ』を撮ることはできなかっただろう。何も知らずにこの映画を観た人は、とても25歳の監督の作品とは思えないはずだ。それほどに完成度が高く、複雑な感情が表現されている。

 そこで注目しなければならないのが、シェイクスピアの影響だ。彼は十代の頃からシェイクスピアを愛読し、映画を作ること以前に、まず何よりも人生や人間の内面の深みを描く術を学んだ。だからこそ彼の映画に登場する人物は異彩を放ち、忘れがたい印象を残すのだ。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   ジェームズ・グレイ
James Gray
脚本 リチャード・メネロ
Richard Menello
撮影 ダリウス・コンジ
Darius Khondji
編集 ジョン・アクセルラッド
John Axelrad
音楽 クリス・スペルマン
Chris Spelman
 
◆キャスト◆
 
エヴァ・シブルスカ   マリオン・コティヤール
Marion Cotillard
ブルーノ・ワイス ホアキン・フェニックス
Joaquin Phoenix
オーランド ジェレミー・レナー
Jeremy Renner
ベルヴァ ダグマラ・ドミンチック
Dagmara Dominczyk
クララ ジッキー・シュニー
Jicky Schnee
ロジー・ヘルツ エレーナ・ソロヴェイ
Yelena Solovey
エディタ・ビストリッキー マヤ・ワンパブスキー
Maja Wampuszyc
ヴォイテク・ビストリッキー イリア・ヴォロック
Ilia Volok
マグダ アンジェラ・サラフィアン
Angela Sarafyan
-
(配給:ギャガGAGA★)
 

 では、『エヴァの告白』では、そんなグレイの世界がどのように変化しているのか。まず際立つのが、エヴァというヒロインの存在だ。グレイはこれまで、兄弟や父親と息子、幼なじみの親友など、男を主人公にし、女は彼らの母や妻、恋人という脇役の立場にあった。エヴァは娼婦に身を落としながらも、男に従属するのではなく、蔑まれることを拒む誇りを持った女として描かれる。それから時代背景だ。これまでグレイは自分がよく知る身近な世界の延長線上で想像を膨らませ、物語を紡ぎ出してきたが、新作では1920年代という遠い過去へ遡っている。

 しかし、旧作の世界と繋がりがないわけではない。グレイがユダヤ系の家族にこだわってきたのは、元をたどれば祖父母がロシアからエリス島にたどり着いたユダヤ人だったからであり、実際、この物語はユダヤ系移民と深い関わりを持っている。それを明らかにするためには、時代をもう少し遡る必要がある。海の向こうでは1881年にロシア皇帝アレクサンドル二世が暗殺された事件を契機に、ユダヤ人の虐殺が巻き起こり、その後、大量の東欧ユダヤ人がアメリカに移住することになった。その多くが流れ込んだのがニューヨークのロウアー・イーストサイドで、そこからはやがてユダヤ系のギャングが台頭するが、その足がかりになったのが売春業だった。

 新作はそのロウアー・イーストサイドを舞台にしている。そんなグレイの関心を踏まえるなら、エヴァがカトリックのポーランド人という設定は意外に思えるかもしれない。しかし彼は『アンダーカヴァー』でも似た図式を盛り込んでいる。この映画では、警官一家であることを誇りにする父と兄、彼らに反発し、裏社会に生きる弟の確執が描かれる。そのドラマは一家がカトリックであることを物語り、かつグルジンスキーという彼らの姓がポーランド系を思わせる。ところが、弟はグリーンという母方の姓を名乗り、その姓は亡母がユダヤ系だったことを示唆する。

 『エヴァの告白』では、そんな境界が男女の関係を際立たせる。何もわからないまま過酷なユダヤ人社会に紛れ込んでしまったエヴァは、そこでふたりの男と向き合う。彼女に想いを寄せるそのふたりの男には、エヴァのなかでせめぎ合うふたつの感情が巧みに投影されている。ブルーノは、昔の恋人に対して紳士を装い、仕事を隠したという告白が物語るように実は自分を恥じている。一方、エミールは、何をしているかは関係ないと語り、エヴァが幸福になる権利を肯定する。

 だがグレイはそんな図式を、エヴァがどちらの男を選ぶのかというような平凡な物語にはしない。エヴァの叔父の密告、ブルーノとエミールの女をめぐる因縁、ブルーノが盗み聞きするエヴァの告解、銃とナイフで起こる過ち、娼婦ベルヴァの密告などが、エヴァとブルーノを複雑に絡ませる。そして最後にブルーノは、恥じることのない自己を曝け出し、エヴァの前に未来が開ける。エリス島に始まり、エリス島で終わるこの映画は、グレイでなければ描けないようなアメリカン・ドリームの物語になっている。


(upload:2014/11/11)
 
 
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