悪人
Villain


2010年/日本/カラー/139分/ヴィスタ/ドルビーデジタル
line
(初出:月刊「宝島」2010年10月号「試写室の咳払い」13、若干の加筆)

環境に呪縛された登場人物たちの危うい距離

 吉田修一のベストセラー『悪人』を李相日監督が映画化すると知ったときには期待が膨らんだ。筆者は李監督の『BORDER LINE』(02)という作品のことを思い出していた。

 17歳の少年が起こした殺人事件の実話にインスパイアされたこの映画では、事件を起こして京浜地区から北海道に向かう少年と、それぞれに事情を抱えるタクシー運転手、ヤクザ、女子高生、主婦が絡み合う。李監督は、移動によって広がる空間と登場人物たちの秘めた想いを巧みに結びつけ、独自の表現で人と人の距離の変化を描き出してみせた。

 この『BORDER LINE』の世界には、吉田修一の原作のそれに通じるものがある。一つの殺人事件をめぐって4人の男女やその家族が複雑に絡み合う。だが、鍵を握るのは人物だけではない。

 物語が、福岡市と佐賀市を結ぶ国道や均質化されていく沿道の風景の描写から始まるように、地方都市の生活環境の変化や閉塞感、あるいは出会い系サイトなどが人物たちに影響を及ぼし、彼らの距離を意外なかたちで広げたり、消し去ったりする。だから映画化では『BORDER LINE』のようなアプローチが生きてくるだろうと思えたのだ。

 ところが、映画『悪人』では、終盤の灯台の場面を除くと風景がほとんど前面に出ない。人物を中心としたドラマに終始するので、私たちを嫌な気分にさせるようなとらえどころのない閉塞感が漂わない。

 確かに俳優たちの演技は印象に残り、ドラマに感動も覚える。特に、祐一の祖母・房江と佳乃の父・佳男の配置や対置には、印象に残る距離や繋がりが生み出されていた。だが、「いったい誰が本当の悪人≠ネのか」という疑問に簡単には答えが出せないのは、登場人物たちが環境に呪縛されているからではないのだろうか。


 
◆スタッフ◆
 
監督/脚本   李相日
原作/脚本 吉田修一
撮影 笠松則通
編集 今井剛
音楽 久石譲
 
◆キャスト◆
 
清水祐一   妻夫木聡
馬込光代 深津絵里
増尾圭吾 岡田将生
石橋佳乃 満島ひかり
佐野刑事 塩見三省
久保刑事 池内万作
矢島憲夫 光石研
清水依子 余貴美子
清水勝治 井川比佐志
堤下 松尾スズキ
馬込珠代 山田キヌヲ
谷元沙里 韓英恵
安達眞子 中村絢香
石橋里子 宮崎美子
鶴田公紀 永山絢斗
清水房江 樹木希林
石橋佳男 柄本明
-
(配給:東宝)

 

(upload:2011/01/13)
 
 
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