交錯する現実と舞台の狭間に浮かび上がる感情
――『ムーラン・ルージュ』『ビバ!ビバ!キューバ』『インティマシー/親密』『エスター・カーン』『インタビュー』をめぐって


ムーラン・ルージュ/ Moulin Rouge!―――――――――― 2001年/アメリカ/カラー/128分/スコープサイズ/ドルビーSDDS・DTS
ビバ!ビバ!キューバ/A Paradise Under the Stars――― 1999年/キューバ=スペイン/カラー/90分
インティマシー/親密/Intmacy―――――――――――― 2000年/フランス=イギリス=ドイツ=スペイン/カラー/110分
エスター・カーン めざめの時/ Esther Kahn――――――― 2000年/フランス/カラー/145分/ヴィスタ/ドルビーSRD
Interview/Interview―――――――――――――――― 2000年/韓国/カラー/108分/ヴィスタ/ドルビーSRD
line
(初出:「CDジャーナル」2001年10月号、夢見る日々に目覚めの映画を04、若干の加筆)


 

 98年のジョン・マッデン監督の『恋に落ちたシェイクスピア』では、秘められた恋の力が劇作家シェイクスピアの新作を喜劇から悲劇に変えていく。ヒロインはエリザベス女王と、「芝居は真実の恋を描けるか」について論争をするが、結末はある意味でこの論争の基盤をも覆してしまう。真実の恋は、むしろ舞台の上で、しかも痛切な悲劇としてしか成就されないものとなるからだ。

 ここでは新作映画のなかから、そんなふうに恋愛をめぐって現実と舞台の世界が交錯、あるいは転倒していくようなドラマに注目してみたい。

 『ムーラン・ルージュ』は、19世紀末のパリの夜を彩ったナイトクラブ、ムーラン・ルージュを舞台に、店の看板スターで高級娼婦でもあるヒロイン、サティーンと駆け出しの作家クリスチャンの恋を描く。但し、監督が『ロミオ+ジュリエット』のバズ・ラーマンだけに、舞台は史実に忠実なパリではなく、極めて人工的な世界であり、ドラマはポップで幻想的なオペラになっている。

 サティーンとクリスチャンは新作のショーの準備を進めるなかで絆を育むが、彼女のパトロンである公爵がふたりを引き裂こうとする。そんな関係がクライマックスに反映され、ショーには真実と芝居がせめぎあうことになる。

 一方、ヘラルド・チホーナ監督のキューバ映画『ビバ!ビバ!キューバ』の舞台は、観光名所としても有名なハバナのナイトクラブ“トロピカーナ”。このコメディでは、かつてはトロピカーナの専属歌手だったが、いまはトラック運転手になっているカンディド、彼の娘で、トロピカーナのトップ・ダンサーを夢見るヒロインのシシー、彼女と赤い糸で結ばれた若者セルヒートを中心に、ショービズに絡む男女が複雑な相関図を作り上げていく。

 映画は華麗なショーで始まり、その舞台裏を描いていくかに見えるが、いつしかドラマそのものがショーと化していく。近親相姦というきわどいネタまで盛り込みながら、どこまでも痛快なのは、いまだ消費社会に取り込まれていない本質的なエロスの力がそこに横溢しているからだろう。

 イギリス人作家ハニフ・クレイシの小説を、フランス人監督パトリス・シェローが映画化した『インティマシー/親密』は、意外なところでドラマに演劇が絡む。原作はこれから家族を捨てようとしている男の最後の一日を克明に綴る物語だが、映画はそこから大胆に踏み出し、家族を捨てて匿名的な肉体となった男ジェイと、家族がありながら匿名的な肉体となった女クレアが、親密な関係を築く可能性を追究する。ポイントになるのは、そのクレアが、自分が女優であることを心の支えにしていることだ。

 彼女はパブの地下の狭い劇場の舞台に立ち、ワークショップで演技指導をしている。そこで印象に残るのは、ワークショップで行われるイプセンの「人形の家」の稽古だ。ノラが家を捨てて愛人の元に走る場面を指導する彼女は、ノラと愛人に自分とジェイを重ね、感情を抑えられなくなるばかりか、自分を苛むように同じ場面の稽古を繰り返させるのだ。

 そして、こうした作品のなかでも異彩を放っているのが、イギリス19世紀末の作家アーサー・シモンズの短編を映画化したアルノー・デプレシャン監督の『エスター・カーン めざめの時』だ。女優の誕生を描くこの映画では、ヒロインにとっての現実と舞台の関係が他の作品とはまったく違う。

 19世紀末のロンドン、イーストエンドのユダヤ人街で育ったエスターには、彼女を取り巻く世界や人々の現実感がない。だから感情や意思を表明することもない。彼女は、内面に宿るなにが人の表情や仕草を生みだすのか確認しようとするように、家族を観察し、模倣する。やがて彼女は女優という職業に魅了される。舞台ではどんなに他者に成り切ろうとも誰にも咎められることがないからだ。

 しかしこの女優志願は逆に彼女を追いつめる。老優に指導され、演技が上達するほどに内面の空虚を思い知らされるからだ。女優になるために恋をする彼女は、女優としての生きた肉体を獲得するが、その女優の肉体が男を遠ざけてしまう。そして肉体は獲得したものの、今度は常に他者の視線にさらされ、欲望に磨き上げられたダンサーの美のイメージに圧倒される。

?そんな苦悩のなかでエスターはイプセンの「ヘッダ・ガブラー」の主役を演じ、女優である舞台のヒロインは最後に死を遂げ、彼女は人間としての再生を果たす。この映画で彼女が女優になるということは、現実と舞台の境界を超越した根源的な次元で、人間に目覚めることを意味している。

 そしてもう一本、ドラマが直接演劇と絡むわけではないが、ぜひここに加えたいのがピョン・ヒョク監督の韓国映画『Interview』だ。愛をテーマにしたインタビューで構成されるドキュメンタリーを制作する監督ウンソクは、撮影で出会ったイ・ヨンヒを名乗る美容師に関心を持ち、彼女の日常をカメラに収めようとする。

 ところが本物のイ・ヨンヒは別人であることがわかる。実はウンソクは彼女を知っていた。一年前、留学先のパリで、ダンサーとして韓国からやって来た彼女に出会っていたのだ。しかし、なぜ彼女が別人になりすますのかはわからない。


 
―恋に落ちたシェイクスピア―

※スタッフ、キャストは
『恋に落ちたシェイクスピア』レビュー
を参照のこと

 
 

―ムーラン・ルージュ―

 Moulin Rouge!
(2001) on IMDb


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   バズ・ラーマン
Baz Luhrmann
脚本 クレイグ・ピアース
Craig Pearce
撮影 ドナルド・マッカルパイン
Donald McAlpine
編集 ジル・ビルコック
Jill Bilcock
音楽 クレイグ・アームストロング
Craig Armstrong

◆キャスト◆

サティーン   ニコール・キッドマン
Nicole Kidman
クリスチャン ユアン・マクレガー
Ewan McGregor
トゥールーズ=ロートレック ジョン・レグイザモ
John Leguizamo
ハロルド・ジドラー ジム・ブロードベント
Jim Broadbent
ウースター公爵 リチャード・ロクスバーグ
Richard Roxburgh
ニニ キャロライン・オコナー
Caroline O’Connor
(配給:20世紀フォックス)
 
 

―ビバ!ビバ!キューバ―

Un paraiso bajo las estrellas (2000) on IMDb


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   ヘラルド・チホーナ
Gerardo Chijona
脚本 ルイス・アゲロ、セネル・パス
Luis Aguero, Senel Paz
撮影 ラウル・ペレス・ウレタ
Raul Perez Ureta
音楽 ホセ・マリア・ビティエル
Jose Maria Vitier

◆キャスト◆

シシー   タイス・ヴァルデス
Thais Valdes
セルヒート ウラジミール・クルス
Vladimir Cruz
カンディド エンリケ・モリーナ
Enrique Molina
マベル デイジー・グラナドス
Daisy Granados
アルマンド サンティアゴ・アロンソ
Santiago Alonso
(配給:シネカノン)
 
 
―インティマシー/親密―

※スタッフ、キャストは
『インティマシー/親密』レビュー
を参照のこと

 
 

―エスター・カーン めざめの時―

 Esther Kahn
(2000) on IMDb


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   アルノー・デプレシャン
Arnaud Desplechin
脚本 エマニュエル・ブルデュー
Emmanuel Bourdieu
原作 アーサー・シモンズ
Arthur Symons
撮影 エリック・ゴーティエ
Eric Gautier
編集 エルヴェ・ド・リューズ、マルティーヌ・ジョルダーノ
Herve de Luze, Martine Giordano
音楽 ハワード・ショア
Howard Shore

◆キャスト◆

エスター・カーン   サマー・フェニックス
Summer Phoenix
ネイサン・ケラン イアン・ホルム
Ian Holm
フィリップ・ヘイガード ファブリス・デプレシャン
Fabrice Desplechin
母リヴカ フランシス・バーバー
Frances Barber
父イツォーク ラースロー・サボー
Laszlo Szabo
シルヴィア エマニュエル・ドゥヴォス
Emmanuelle Devos
(配給:セテラ)
 
 
―Interview―

※スタッフ、キャストは
『Interview』レビュー
を参照のこと
 
 

 

 
 
 

 この映画からは、嘘の芝居なくしては、直視されることがなかった男女の悲劇が浮かび上がる。しかしもっと印象的なのは、ヒロインの真実のドラマが、ウンソクがパリで撮影を手伝った劇映画のドラマにダブっていくように、現実と虚構の境界に視覚的、あるいは映画的な曖昧さを残すところだ。要するに、ただ真実に到達するのではなく、そこに至る現実と虚構の往復運動に真実を見ようとする眼差しが非常に新鮮なのだ。


(upload:2013/10/19)
 
 
《関連リンク》
ジョン・マッデン 『恋に落ちたシェイクスピア』 レビュー ■
政治は日常や肉体のなかにある
――『プラットホーム』『同級生』『インティマシー/親密』をめぐって
■
ピョン・ヒョク 『Interview』 レビュー ■

 
 
amazon.co.jpへ●
 
ご意見はこちらへ master@crisscross.jp