坂本龍一インタビュー
Interview with Ryuichi Sakamoto


2009年1月 青山
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(初出:「CDジャーナル」2009年3月号)
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音楽をめぐる様々な境界は消え去り、
西洋から非西洋的な時間のなかへ――『out of noise』(2009)

 

■■日本人は音楽に関しては気づかずに外国語を喋っている■■

 新作『out of noise』を完成した坂本龍一にまず尋ねたかったのは、昨年公開された映画『シルク』のことだ。この作品では、坂本龍一が手がけた音楽が映画を救っていたといえる。映画の原作の著者アレッサンドロ・バリッコは、原作小説の冒頭で以下のように書いている。「ここに物語られた日本とは、歴史的現実よりも西洋人の空想の方にはるかにしっくりなじむ日本である」。

 だが、具体的なイメージで表現される映画では、どうしてもそんな物語性が失われてしまう。そこで、もし音楽も映像に同調していれば悲惨なことになったはずだが、坂本龍一は西洋を基調として、小説の世界を反映するような空間を作り上げていた。

「つらいんですよ、やってるほうは。背景が侍の時代の日本ですから、ジャパネスクをどの程度入れるかが一番の問題で、それをけっこうしつこく監督に投げかけて、和楽器は入れないで、ベタベタに日本ぽい音楽じゃないほうがいいということになって。最上川のいかにも日本的な風景になるところで、いきなりケルトの笛を入れてるでしょ。あれはもちろんわざとです。ケルトの笛なのに日本的に聞こえるでしょ、ざまあみろって感じで(笑)。そういう遊びもあるけど、音楽の部分はうまくいったかなと思ってます。でも土台の映画が評価されないと、音楽も評価されない。それが一番悔しいんですよ」

 たとえば、ポストコロニアリズムの文学では、インドやアフリカなどが中心的な舞台となって、作家たちが外国語を使って文化的な中心と周辺の関係を転覆させていく。しかし、文学ではなく音楽であれば、日本も完全にその舞台となり、坂本龍一は境界に立ってポストコロニアリズムを実践しているといえる。

「僕が大学に入った頃にちょうど武満徹さんが邦楽器を使いだして、仲間とふたりで武満批判のビラを刷って、会場にまきにいったんです。そのことを武満さんもずっと覚えてらして、何年後かに会ったらあの時のビラの君だろうとか言われて(笑)。そういうことには当時から敏感だったようですね。最近よく思うのは、日本人というのは明治以降、音楽に関しては気づかずに外国語を喋っているわけです。まさにアフリカや南米の人たちと同じですよ。そこで外国語が来る前の言葉を学びなおすという方法もありますが、それではコンテクストが切り離されたものをただ持ってくるに過ぎない。やはり与えられた条件を逆手にとって自分のものにしてしまう。ずっと日本の外に出ているから、自覚的になれるということもあるかもしれないですね」

■■サウンドとノイズの境界ははっきりしない■■

 そんなスタンスで進化し続ける坂本龍一の新作では、タイトルにもなっている“ノイズ”がひとつのキーワードになる。

「ジョン・ケージが何十年も前から言っていることですけど、サウンドとノイズの境界ははっきりしない。それは概念的なことではなく、実際にピアノをポンと弾いて減衰するのをずっと聴いていると、ノイズのなかに入っていっちゃうのでどこが境界とはいえない。alva notoとのコラボレーションで、そういう音のやりとりをしてきて、座標軸のどこに点があるのかという、いわゆるおたまじゃくしのことよりも、ノイズか楽音かわからないそこらへんの響きというのがすごく気持ちよくて、気になってしょうがなかったんですね。15、6歳でジョン・ケージに出会って、50いくつになってやっと少し近づいてきたという感じですかね」


◆profile◆

坂本龍一
1952年、東京生まれの作曲家/サウンド・プロデューサー/ピアニスト。78年にアルバム『千のナイフ』でデビュー。同年にYMOを結成、日本中にテクノ・ブームを巻き起こす。83年には自らも出演した映画『戦場のメリークリスマス』の音楽で英国アカデミー賞を、87年の映画『ラストエンペラー』の音楽でアカデミー賞を受賞するなど、世界的に高く評価されている。2008年には総合監修を務める“音楽の百科辞典”『commmons: schola』のシリーズもスタート(全30巻予定)。2009年3月、5年ぶりとなるソロ名義の新作『out of noise』を発表した。

 
  『out of noise』

  ◆track listing◆

01.   hibari
02. hwit
03. still life
04. in the red
05. tama
06. nostalgia
07. firewater
08. disko
09. ice
10. glacier
11. to stanford
12. composition 0919

  ◆personnel◆

Ryuichi Sakamoto - piano, keyboards, electronics, producer; Fretwork - viols (2,3); Hirotaka Shimizu - guitar (3); Tamami Tohno - Sho (3,5); Christian Fennesz - guitar (4); Keigo Oyamada - guitar (4,8,9); Ren Takada - Steel Guitar [Pedal], Effects (4,10); Rob Moose - Violin (5,6); Neo - guitar (7); Nanto-Koyokai - Other [Okagura] (7); Dana Tateo Leong - Cello, Trombone (10); Skuli Sverrisson - Resonator Guitar [Dobro] (10); Karen H. Filskov - Voice (10)


(commmons)
 

 さらに、6人組のヴァイオール・コンソート、フレットワークが参加した曲にも、このアルバムの方向性が表れている。

「3曲目の<still life>は、最初に僕のピアノの即興だけがあって、彼らにそれを聴きながら弾いてもらったんですけど、6人が違う時間で弾いているので、いちおう譜面はあるんですがスコアはない。これは西洋音楽の基本に関わることだけど、スコアは縦の線だから、全員がばらばらの時間で弾くとなるとスコアに書けない。ジョン・ケージにもパート譜しかない曲があって、特に時間に関して偶然性を持ち込むとスコアが書けなくなる。僕のように西洋音楽を習ってきてしまった人間には、スコア万能という意識があるので、こういう偶然のいろいろな波がすごく新鮮なんです」===> 2ページへ続く

 

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