第四世界:ドリーム・セオリー・イン・マラヤ
/ ジョン・ハッセル
Dream Theory in Malaya: Fourth World Vol II / Jon Hassell (1981)


 
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(初出:『第四世界:ドリーム・セオリー・オブ・マラヤ』ライナーノーツ)

 

 

未知なる“第四世界”探求の旅はマレー半島へ
先住民セノイ族の夢理論とセメライ族の水しぶき

 

 西洋の音楽家が非西洋音楽圏に触手をのばし、西洋音楽と民族音楽の融合を試みるといった作業は、いまでは必ずしも実験的な試みではなくなったが、ジョン・ハッセルは、そうした試みがまだ実験的な感触を持っていた時期から活動を続けているこの分野のイノベーター的な存在である。しかも彼の場合は、行き詰った西洋音楽に活路を切り拓くために非西洋音楽に触手をのばすといった消極的な発想から出発しているのではない。

 80年代に向けてハッセルが提示した第四世界(Fourth World)というコンセプトは、第三世界を超えて、世界の民族音楽の要素と最新のエレクトロニクス技術が融合する地平を指し示している。彼が探し求めているのは、西洋にとって新奇な音楽のストラクチャーではなく、そんな第四世界への入口となる精神性をはぐくむ音楽の磁場なのだ。そうした意味では、ハッセルというコンポーザー/トランペターは、精神性のトポスを求めて移動する音楽家ともいえるだろう。

 ジョン・ハッセルがトランペットを始めたのは13歳のこと。彼はニューヨークのイーストマン音楽学校で作曲の学位を取得し、1965年から67年にかけてドイツのケルンで、電子音楽のイノベーターであるカール・ハインツ・シュトックハウゼンに師事して自己の音楽性の基盤をかためる。そういえば、マイルス・デイヴィスもシュトックハウゼンに関心を持っていた時期があったが、ハッセルはマイルスのトランペットとワウワウのコンビネーションを手本にもしていたようだ。

 ハッセルの音楽的なヴィジョンのなかに非西洋音楽の地平が大きく開けるのは、ラ・モンテ・ヤングとの共演をきっかけとして、ヤングやテリー・ライリーに大きな影響を与えていたインド音楽の導師パンディット・プラン・ナスを知ったことによる。ハッセルが73年にローマでラ・モンテ・ヤングと共演した時のこと、ジャズ流のフレーズのパターンでトランペットのウォーミングアップをしていた彼は、プラン・ナスが同じパターンをヴォーカルで再現した響きにショックを受け、それがヒントになったようだ。トランペットを共鳴管にして歌うというハッセルのユニークな奏法が、そこから発展したわけだ。

 そして、ブライアン・イーノ及びダニエル・ラノアとの出会いが、80年代に向けられたハッセルの第四世界を具体化していく。80年代にイーノとのコラボレーション作品として『第四世界/ポッシブル・ミュージック』を発表。本作品『第四世界/ドリーム・セオリー・イン・マラヤ』は、“第四世界”という副題からもわかるように、このコラボレーション作品のコンセプトを発展させたものであり、この作品ではプロデュースをハッセルが手がけ、エンジニアにラノア、ブライアン・イーノは参加メンバーの一人に退き、ミックスを3人で分担している。

 イーノとラノアのコンビといえば、U2の『焔』、『ヨシュア・トゥリー』のプロデュースを手がけ、またラノアは、ピーター・ガブリエルの『バーディー』、『So』、ネヴィル・ブラザース、ボブ・ディランなどを手がけるかたわら、自身のソロ作品を発表するなど注目を集める存在になっているが、『パワー・スポット』、ファラフィナとの共演盤である『フラッシュ・オブ・ザ・スピリット』といったハッセルの近作でも、ハッセルとイーノやラノアとの交流は続いている。


◆Jacket◆
 
◆Track listing◆

01.   Choir Moire
02. Courage
03. Dream Theory
04. Datu Bintung at Jelong
05. Malay
06. Theses Times
07. Gilt of Fire

◆Personnel◆

Jon Hassell - trumpet, pottery drums; Michael Brook - bass; Walter DeMaia - drums; Brian Eno - drums, bowl gongs, bells; Miguel Frasconi - bowl gongs; Daniel Lanois

(Editions E.G.)
 

 さて、本作品だが、ハッセルが前作のアフリカから移動した行き先は、アジアのマレー半島、マレーシアの先住民の音楽である。ジャケットの裏に記されたハッセルのコメントによれば、『マラヤの夢の理論(Dream Theory of Malaya)』というアルバム・タイトルは、1935年にマレー半島南部の高地に住む先住民セノイ族のもとを訪れた人類学者キルトン・スチュワートの論文から引用したということである。

 その論文によれば、セノイ族の幸福や安泰は、家族で夢を語るという朝の習慣と密接に結びついている――たとえば、ある子供が、どこかから落ちるような恐ろしい夢をみたら、それは次の晩に飛ぶことを学べる贈り物としてありがたがられ、また、夢の歌とか踊りは、隣接する部族と風俗習慣を超えた共通の絆ができることを示しているといったようなことだ。

 それから5曲目の「Malay」には、水辺で飛沫を上げながら水と戯れる人々の声や水しぶきの音が、再構成されて水しぶきのリズムになって挿入されているが、これはセノイ族の住む場所からそれほど離れていない湿地帯に生活するセメライ族の集落で収録したものを使っているという。またそれが、このレコーディング全体の大きな指針にもまったと、ハッセルは書いている。

 前作『第四世界/ポッシブル・ミュージック』には、とどろく雷や大地を激しく打つ雨の音が時として儀式的な色彩をおびたり、虫の鳴き声などが独特の心象風景を作り上げていたが、この「Malay」の生活のなかで水と戯れる行為がしだいにリズムに変化していくイメージは、いかにもハッセルらしい変奏といえるのではないだろうか。テクノロジーを駆使して表層的なエキゾティシズムをぬぐい去ったところからたちのぼるのは、どこにも存在しない奇妙な空間音楽だ。

 『第四世界/ポッシブル・ミュージック』でアフリカを、そして、本作品でマレー半島を踏破したハッセルは、これに続く『マジック・リアリズム』では、アフリカとインドとインドネシアの接点に音楽空間を紡ぎ出す。そんな移動の繰り返しのなかで、どこにも存在しないハッセルの第四世界は、時間軸から逸脱し、奇妙な浮遊を続けている。


(upload:2015/07/22)
 
 
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