錬金術 / デイヴィッド・シルヴィアン
Alchemy / David Sylvian


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(初出:「錬金術」ライナーノーツ、1991年、若干の加筆)

 

 

 デイヴィッド・シルヴィアンはご存知のように、ポップな音楽シーンから距離をおき、内省的な姿勢で独自の音楽空間や表現を探求しつづけるアーティストである。JAPAN以後の彼のソロ作品は、最初にサウンドを耳にしたときから明確なインパクトを感じるような作品ではなくなっていったが、 シルヴィアンの音楽世界は、地味ながら確実に変化し、発展しつづけている。その発展の一因となっているのは、ヴォーカル・ナンバーとインスト作品に対する意識の変化ではないかと思う。このふたつの要素が、分離したり融合することによって、サウンドが視覚的な広がりをもったり、 歌詞やヴォーカルが私的な世界を深め、表現が確実に変改しているということだ。

 たとえば、シルヴィアンのソロ第1作となった「ブリリアント・トゥリー」は、いちおう全曲ともヴォーカル作品ではあるが、その内容はポップなビートを持った曲から、ヴォーカルが楽器のひとつに近くなっている曲までバラエティに富んでいる。つづく大作「ゴーン・トゥ・アース」では、 全曲がヴォーカル編とインスト編にはっきりと分けられ、それぞれに可能性が追求されている。そしてこうした探求が、「シークレッツ・オブ・ザ・ビーハイヴ」へと結実する。このふたつの要素の相乗効果が、彼の音楽を常にフレキシブルなものにしているのだ。

 また、「シークレッツ・オブ・ザ・ビーハイヴ」の到達点が、同時に、ホルガー・チューカイとのコラボレーションによるインストの新たな探求をたぐりよせていることにも注目しておく必要がある。チューカイとのコラボレーションである「プライト&プレモニション」や「フラックス・アンド・ミュータビリティ」は、 即興やサウンドの編集の可能性を広げ、JAPANのメンバーが再結集した「レイン・トゥリー・クロウ」の伏線になっているともいえる。

 この「プライト&プレモニション」の解説のなかで、シルヴィアンはこんなふうに語っている。「ホルガーは、1曲目の <プライト> のダビング編集を行い、大胆なカッティングによって見事な作品に仕上げた。僕はこの編集をフィルミック・クォリティ(映像の質)と呼んでいる。その編集内容は、聴くという要素を維持しながら、 リスナーの視覚的な想像力をふくらませる効果を持ち、どんな状況下においてもそのスタイルを変えていくものだ。このアプローチは、根本的に音楽というものが、視覚的な形態になるという興味深い可能性を示しているといえよう。それは、まるで映画を編集するようなものであり、過去のホルガーの方法ともかけ離れたものではないのである」

 



 シルヴィアンは。既成の音楽スタイルに依存することをできるだけ排除し、音楽における視覚的な世界を拡張し、詩的な世界とおり合わせ、独自の表現を開拓していこうとしている。即興を基調としながら、お互いの音楽スタイルを解放し、既成の文法に依存しないサウンドを模索し、 磨き上げていく「レイン・トゥリー・クロウ」のサウンドは実に魅力的だ。そこには、シルヴィアンの世界の終末と再生への予兆が映し出されているが、その世界は、また新たなコラボレーションによって変化していくに違いない。

 デイヴィッド・シルヴィアンの作品「錬金術」は、当初はカセットのみで発売された作品である。発表されたのは、「ブリリアント・トゥリー」と大作「ゴーン・トゥ・アース」の間の時期のこと。この作品は、曲目が新しい作品と入れ替えられて、 シルヴィアンの音楽活動の軌跡を集成した5枚組「ウェザーボックス」ですでにCD化されているが、この独立したCD化に際しては、カセットの曲もすべて収録されている。

 内容は全曲インスト作品で、<美しき予兆 / Preparation for a Journey>、<銅の聖堂>が、ビデオ作品のための音楽であったり、<幼年期の刻印>が舞踏家ギャビー・エイジスのダンスのための音楽であったりと、クロス・メディア的な表現を試みるシルヴィアンの作家性を垣間見ることができる。 ちなみに、<シャーマンの言葉>はジョン・ハッセルとの共作、<銅の聖堂>は坂本龍一との共作で、その他はシルヴィアンのオリジナルである。

 収録された曲は、年代的な開きがあり、内容の方ももちろん、一貫したコンセプトで統一されているわけではないが、「錬金術―可能性の兆し」というタイトルには注目してもいいだろう。この作品は、視覚的な要素を音楽に取り込んでいこうとするシルヴィアンの姿勢が明確に打ち出された作品であるばかりでなく、 先述したヴォーカル作品とインスト作品の相乗的な発展の出発点に位置する作品でもあるからだ。そうした意味で、この作品と前後する「ブリリアント・トゥリー」、「ゴーン・トゥ・アース」と対照して聴いてみることはとても興味深い。?錬金術?とか?可能性の兆し?といった言葉が、シルヴィアンの音楽性を象徴しているように思えてくるのではないだろうか。

 

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