「上海の紅い死」

田中昌太郎訳/ハヤカワ文庫(上下巻)/2001年
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(書き下ろし)
上海を舞台に、変貌する現代中国社会をとらえたミステリ

 ミステリ小説には、その舞台や時代の設定によって、謎解きの面白さばかりではなく、物語の背景となる社会が見えてくるという魅力がある。上海で生まれ育ち、現在はアメリカで暮らすジョー・シャーロンのデビュー長編である本書は、まさにそんな魅力を持ったミステリだ。

 著者が中国社会の変化を意識して本書を書いていることは、人里離れた運河で女の全裸死体が発見される導入部にはっきり現れている。死体を発見するのは、上海水上警察のパトロール艇の艇長高之陵(ガオ・ツイリン)。1990年5月11日のことだ。高校時代以来、20年振りに再会した彼と友だちの劉国梁(リウ・グオリャン)は、釣りをしながら旧交を温めることにする。高はパトロール艇を私用に使い、経済発展で汚れた川をさかのぼり、「まだケ小平の経済改革の影響が及んで」いない運河に至る。

 高は60年代初めに高校を卒業すると、上海で就職し、劉は北京の大学に進み、西部の青海省にある核実験センターに入る。その後の文化大革命のあいだ、彼らの接触は途絶えていた。釣りをしながら劉が語るところによれば、彼はブルジョア知識人として批判され、監房に入れられ、釈放後も政治的に“クロ”とみなされていたため、高に手紙を出せば迷惑がかかると考えたのだ。いま劉は上海にあるアメリカ系企業のプロジェクトに携わり、それでふたりは久しぶりに再会することになった。青海の時代、劉は決して経済的に恵まれているとはいえなかった。彼らのあいだに、こんな会話がある。


▼プロフィール
ジョー・シャーロン
上海生まれ。文化大革命が始まったときは小学生だった。香水店のオーナーだった父親はブルジョワ分子とみなされ、父親が人民裁判にかけられ、自己批判させられたとき、幼い著者もそこに立ち会っていた。その後、上海で英語を自習し、北京外国語大学に進み、英米文学を専攻。1988年にはフォード奨学金を得てセントルイスのワシントン大学に留学。中国ではすでに詩、評論、翻訳を発表し、作家協会の会員でもあったが、やがて天安門事件が起きるとアメリカに留まる決心をし、夫人も呼び寄せた。現在はセントルイス在住で、ワシントン大学で中国文学を教えている。1995年以降は定期的に里帰りもしている。

(『上海の紅い死』訳者あとがきより抜粋)



「信じられないなあ」と高が腹立たしげに言った。「原爆をこしらえる偉い科学者が行商人より稼ぎが悪いなんて。何てひどい話だ」
「これが市場経済さ」と劉が言った。「この国は正しい方向に変化しつつある。そして人々の生活は向上してる」

 この小説に描かれる90年の上海や広州は改革開放政策によって大きな変貌を遂げつつあり、登場人物たちは、誰もが何らかのかたちで文化大革命と改革開放政策の影響を受けている。小説の主人公、上海警察殺人課特務班の警部である陳操(チェン・カオ)と彼の部下の刑事、兪光明(ユ・グアンミン)もまた例外ではない。物語が始まる時点では、彼らの関係は必ずしも芳しいものではない。兪は陳の待遇にひそかに反発を感じている。

 陳は高等学校を出た知識青年であるにもかかわらず、一人っ子だったために、70年代初めに、地方に送られて農民から再教育を受けることを免れた。彼は上海で英語を独習し、北京外国語大学で英文学を専攻し、上海警察に入り、いまは警部になっている。彼の出世は、ケ小平の新しい幹部登用政策の結果とみられている。「80年代半ばまで、幹部は通常、一段一段ゆっくり階級を上げていった。だがあるレヴェルに到達すると、彼らはそこに長期間とどまり、なかには決して引退せずに、最後までポストにしがみついている者がいた。だから50歳半ばで警部になれれば幸運と考えなくてはならなかった。ケ小平が導入した劇的な変化にともなって、高級幹部もまた一定の年齢で引退することになった。若く、高等教育を受けていることが、突如として幹部登用のプロセスでの重要な基準になった」

 しかしそんな陳も、すべてが順風満帆だったわけではない。80年代初め、大学卒業者は全員、当局によって就職先を割り振られ、成績優秀だった陳は外務省からファイルの提出を求められ、外交官の候補になった。ところが、彼が会ったこともない叔父のひとりが、50年代に反革命分子として処刑されていた事実が明らかにり、上海警察本部に割り当てられることになったのだ。

 一方、兪と彼とは幼なじみだった妻の佩慶(ペイキン)は、ろくに教育を受けていなかったにもかかわらず知識青年のレッテルを貼られ、地方に送られることになった。ふたりは、ビルマとの国境に近い雲南省にある農場に送られ、少数民族であるダイ族の農民から指導を受けたが、言葉すらわからず、毛主席が望むような学習をすることはできなかった。彼らは一緒に暮らし始めたが、結婚はしなかった。政府の方針で、結婚するとその土地に定住しなければならなくなるからだ。文革が終わり、上海に戻った兪は、早期退職した父親の警察官という仕事を“相続”した。しかし、ろくな教育も受けず、コネもない人間には出世の道は閉ざされている。彼の父親は26年間奉職しながら、最後まで最初と同じ下級警官だった。

だから兪は陳に対して反発を感じている。しかも陳は、深刻な住宅問題を抱える上海で、新しいアパートを割り当てられたばかりなのだ。本書では、その住宅問題がこんなふうに説明されている。「明王朝の時代には小さな漁村だった上海は、極東で最も繁栄した大都市の一つに発展し、外国の企業や工場が雨後の筍のように出現して、人々がいたるところから流れこんだ。北方軍閥と国民党の時代、住宅供給は需要のペースに追いつけなかった。1949年に共産党が政権に就いたとき、事態は悪いほうへ思いがけない転換をした。毛主席が大家族を奨励し、食料手当てと無料の託児所を提供するようになったのだ。ほどなくしてその悲劇的な結果が感じられるにいたった。二世代、あるいは三世代の家族が、12平方メートルの一室に押しこめられたのだ。住宅問題はじきに、年間の住宅の割り当てを直接市当局から委託されている職場委員会――工場、会社、学校、病院、警察の――にとって焦眉の急になった」

 しかし、殺人事件の捜査を進めていくなかで、陳と兪は結束をかためていく。その事件もまた、社会と深く結びついていることが次第に明らかになる。死体の身元は、上海第一百貨店の化粧品売場主任をしている関紅英(グアン・ホンイン) だとわかる。彼女は、共産主義人民の手本である全国模範労働者、すなわち世間によく知られる有名人だった。それが、陳と兪の捜査をやっかいなものにする。解決しても政治的な配慮で伏せられる可能性があり、解決できなければ、上層部から政治的な圧力がかかる可能性があるからだ。実際、捜査が始まると、その進展に強い関心を持つ市当局や党書記、政治委員などが捜査に口を出してくる。

 生前の関は周囲から仕事一辺倒の人間と見られていたが、その影にもうひとつの顔があった。陳と兪は、彼女が人気のカメラマン、呉暁明(ウ・シャオミン)と付き合いがあったことを突き止めるが、その事実が捜査をさらにやっかいなものにする。女を弄んでいるという噂のある呉は、高級幹部の子弟、いわゆる“太子党”の一員だったのだ。太子党の人間が事件に関わっていることが明らかになれば、党や特権階級にとって大きなダメージとなる。それゆえ捜査を進めようとする彼らには、党規律委員会や国家安全部といった組織から圧力がかかり、捜査どころか彼らの首の方が危うくなっていく。

 謎解きにしか興味のない読者には、この物語はおそらく退屈で、ややこしいだけだろうが、背景となる社会や時代に興味のある人間には非常に面白い。

 事件の被害者である関と陳には、それぞれの過去に似たところがある。関には80年代初めに、真剣に付き合っていた男がいたが、陳が外交官の候補から外されたのと同じような事情で、彼女は男を諦めなければならなかった。殺害される前の関は、太子党の呉と関わりを持っていたが、陳も太子党の人間と無縁ではない。彼には、凌(リン)という娘と恋に落ち、彼女が太子党の人間だとわかって身を引いたという辛い過去がある。そして、事件の捜査で完全に追いつめられた彼は、ある意味で関と同じ危険をおかす。つまり、救いを求めて、太子党の凌に手紙を書くのだ。

 この小説はもしかすると、英語よりも日本語版で読む方がよりイメージの広がりがあるかもしれない。というのも、陳は警部にして詩人でもあり、物語には、唐代の李商隠や宋代の陳與義など様々な詩が散りばめられ、独特の深みをもたらしているのだ。陳を主人公にしたミステリはシリーズ化されるようだが、彼と兪の活躍を通して、次は現代中国のどんな一面が見えてくるのか、実に楽しみである。


(upload:2002/02/23)

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