「マクナマラ回顧録」

仲晃訳/共同通信社/1997年
line
(初出:週刊「読書人」1997年)
元国防長官が振り返るヴェトナムとその教訓

 1975年にサイゴンが解放されヴェトナム戦争(抗米救国戦争)が終結してからすでに20年以上の月日が流れている。それだけにヴェトナム戦争関連の新刊というと、何をいまさらと思う読者も少なくないことだろう。しかし実際には、興味をかきたてられ考えさせられる本が少なくない。

 たとえば、ティム・オブライエンの「失踪」やバオ・ニンの「戦争の悲しみ」「愛は戦いの彼方へ」(※本書にはふたつの翻訳があるが、筆者が読んだのは英訳版である)といった小説に圧倒されるのは、戦争体験の記憶を背負い、それをいま書くことの意味がとことん突き詰められているからだろう。95年に英訳出版されたズオン・トゥー・フオンの戦争小説『Novel without a Name』は、ヴェトナムでは不法に海外に持ち出された国家機密に関わる文書とみなされている。また、ヴェトナム戦争中に米兵とヴェトナム人女性の間に生まれた子供たちのその後を追うトマス・A・バスの『Vietnamerica』や戦後の捕虜/行方不明兵士の消息と記録をめぐる両国の駆け引きを浮き彫りにするマルコム・マコネルの『Inside Hanoi's Secret Archives』などを読むといまだ戦争は終わっていないという気持ちになる。

 本書は、ケネディ、ジョンソン政権の国防長官として戦争の指揮にあたったロバート・S・マクナマラの異色の回顧録である。異色というのは、まず内容をほとんどヴェトナムに限定し、個人的な回想を綴るのではなく事実を重視し、アメリカの政策の展開が一貫して明確になるような構成になっている。さらにその政策が誤りであったことを率直に認め、具体的に何が誤りであったのかを探り、未来への教訓を引きだそうとしている。また、これは時として著者の記述を歯切れの悪いものにする原因ともなっているが、自分以外の当事者に対して直接的な批判をしないという姿勢を貫いているといったことが上げられる。


―マクナマラ回顧録―
▼目次▼
1.   ワシントンへの旅
2.   初期の数年間
3.   1963年の運命の秋
4.   政権移行期
5.   トンキン湾決議
6.   1964年選挙とその余波
7.   エスカレーションの決定
8.   クリスマス北爆停止――不成功に終わった交渉への試み/td>
9.   深まる危機
10.   心離れ、そして政権離脱
11.   ベトナムの教訓
付章   1960年代の核による危機と21世紀への教訓


 あるいは、こうした特徴を別な言葉で表現するならば、それは本書の原題である"In Retrospect(いま思えば)"に集約される。著者は、本文のなかでこの言葉を頻繁に繰り返す。ケネディの要請に応えて国防長官に就任し、ヴェトナムの政策に直面したとき、大統領と著者のあいだには、明確な大前提が存在していた。南ヴェトナム人が戦争を戦うのであり、南ヴェトナムの政治的安定がヴェトナム戦略の大前提になるということだ。しかしながら、実際には、様々な局面でこの前提に立ち返るべき機会が訪れるたびにそれが見過ごされ、いま思えばという言葉が繰り返されるのだ。

 この言葉につづく著者の記述からは、得体の知れない共産主義の脅威にがんじがらめになっていくアメリカの姿が浮かび上がる。ケネディ政権には東南アジアに精通する専門家がいなかった。皮肉なことに50年代の赤狩りによって国務省のトップにいた東アジアや中国の専門家たちが追放されていた。そこで彼らは、ドミノ理論に象徴される共産主義は一枚岩という考え方に支配され、ホー・チ・ミンの運動の民族主義的な側面を完全に見落としてしまう。北ヴェトナム、中国、ソ連の情勢を正確に判断することができれば、アメリカの安全保障におけるヴェトナムの重要性について異なる見解を引き出し、交渉、撤退への道を拓ける機会もあったが、中国や北ヴェトナムの政治的な駆け引きに見られる過激な表現に過剰に反応し、道を誤ってしまう。

 本書の結びには、こうした検証から得られた教訓が総括的に11項目に整理され、さらにこの教訓を念頭に置いた冷戦以後の時代の展望が綴られている。しかし、それがより現実的な教訓となるためには、まだ足りないものがある。本書では、アメリカ軍部の本音と北ヴェトナムや中国、ソ連の当時の戦略が実際にどのようなものであったのかは見えてこない。アメリカの武官たちが口を開き、ヴェトナム、中国、ロシアに眠る未公開の資料が明らかになるときに、本書の教訓はより現実的なものとなるのではないだろうか。



(upload:2001/09/30)

《関連リンク》
ヴェトナム戦争の体験と記憶 ■
アメレジアンたちの物語 ■

ご意見はこちらへ master@crisscross.jp

back topへ




■Home ■Movie ■Book ■Art ■Music ■Politics ■Life ■Others ■Digital ■Current Issues


copyright