コーエン兄弟が製作・監督した映画『オー・ブラザー!』のサントラが、ブルーグラスやルーツ・ミュージックのアルバムとしては異例の爆発的なセールスを記録し、2002年度のグラミー賞で年間最優秀アルバムに輝いたことは記憶に新しい。
この現象で筆者が印象的だったのは、映画とサントラに対する反応の温度差だ。映画もヒットしなかったわけではないが、音楽と深く結びつく世界を描いているわりには、サントラに遠く及ばなかった。そこには、コーエン兄弟の世界と音楽との本質的な違いが現れている。
彼らには、音楽も含めた対象の細部に極端にこだわり、過剰なひねりを加えてアメリカの神話的なイメージを再構築するのを楽しむ傾向がある。だが、この映画の場合には、純粋な細部としての音楽がその際立った特性ゆえに一人歩きを始め、加工された映像世界は置いてきぼりを食わされているのだ。
本書は、ブルーグラスがどのようにして誕生し、カントリーの一部としてその音楽形式が認知されるに至ったかを、膨大な資料に基づいて詳細に跡づける研究書であり、この音楽の際立った特性が明らかにされる。
ブルーグラスの直接の起源はヒルビリーで、ビル・モンローと彼のバンド、ブルー・グラス・ボーイズによる音楽的な革新を通して、50年代に独自の表現が確立された。ブルーグラスは、哀愁が漂う歌と5弦バンジョーやフィドルといったアコースティック楽器の演奏からなり、ジャズと同じように個人の卓越した演奏技術が高度な一体感を生みだすアンサンブルを特徴としている。
特に、モンローのバンドが、曲を演奏する速度を上げ、これまで使用されることがなかったキーを使用するという工夫によって、独自のサウンドを創造していく過程は、まさにジャズにおけるビ・バップ革命を想起させる。
しかしこの音楽の本質は、モダンジャズとはまったく違う。著者はその本質をこのような言葉に集約している。「皮肉なことだが、限定的で伝統に束縛されているというブルーグラスの側面こそが、文化的に言って、この音楽の最も改新的なところである」。
ブルーグラスの呼称はモンローのバンド名に由来しているが、彼らが確立した音楽がそう呼ばれ、定着するまでに長い時間を要したことは、この本質と無縁ではない。ロックンロールの影響で、カントリー全般が変化していくなかで、ブルーグラスは古いスタイルとみなされるようになった。一方、5弦バンジョーに象徴されるアコースティックの美学ゆえに、フォークとしてあらためて注目されるものの、農民や工場労働者というこれまでの支持者と都会の学生の認識には隔たりがあった。 |