アミスタッド / ウィリアム・A・オーエンス
Black Mutiny: The Revolt of the Schooner Amistad / William A. Owens (1953)


1998年/雨海弘美訳/徳間書店
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(初出:『アミスタッド』解説)

 

 

神話的な魅力に満ちた物語

 

 本書は、19世紀前半に起こったアミスタッド事件、あるいはアミスタッド号の反乱と呼ばれる史実に基づいて書かれた物語である。

 この事件は1839年、西アフリカのメンデ族の土地からアフリカ人たちが拉致され、スペイン人の奴隷商人に売られたことに始まる。彼らは劣悪な環境の奴隷船でキューバのハバナに送られ、そこで地元の奴隷商人に買い取られ、皮肉にも“友愛”を意味するアミスタッド号という船に乗せられプエルト・プリンシペに移送されることになった。しかし自分たちが殺されるという噂を信じた彼らは、リーダーとなったシンケを先頭に武装蜂起し、船長らを殺害し、船を乗っ取りアフリカに戻ろうとする。

 彼らは2ヶ月にわたって海上をさまよったあげくに沿岸警備にあたるアメリカの軍艦に拿捕される。そして今度は、奴隷制の是非をめぐって揺れるアメリカの法廷で自由を求める闘いが始まる。彼らは殺人と海賊行為によって投獄されるが、最終的に最高裁にまで至る裁判の果てに自由を勝ち取り、アフリカの故郷への帰還を果たすのだ。

 このアミスタッド事件はいまアメリカで大きな注目を集めている。この実話が様々なメディアで取り上げられ、歴史に新たな光があてられているのだ。その話題の中心にあるのは、昨年末から公開されているこの実話を映画化したスティーヴン・スピルバーグ監督の新作『アミスタッド』といっていいだろう。しかし映画だけではない。これまでマルコムXやパティ・ハーストといった題材をオペラ化してきた作曲家アンソニー・デイヴィスも新作としてこの実話をオペラ化し、昨年の11からシカゴで上演されている。

 それからアミスタッド事件を題材にした小説やノンフィクションも昨年から今年にかけて次々と出版され、これから出版されるものも少なくない。そのなかには、アラバマ大学教授ハワード・ジョーンズが著したアカデミックな研究書『Mutiny on the Amistad』のように、しばらく絶版になっていたものが復刊される作品なども含まれている。

 この復刊の例からもわかるように、アミスタッド事件は、これまで歴史の闇に葬られてまったく知られていなかったというわけではない。この事件を題材にした書籍を振り返ってみると、かつて1960年代の後半から70年代の初頭にかけて何冊かまとめて出版されたことがあり、公民権運動やカウンター・カルチャーの盛り上がりのなかで事件が注目を浴びたことがわかる。

 確かにこの事件は、アメリカの黒人解放の歴史の流れのなかで興味深い位置を占めている。この事件が起こる前の1920年代から30年代にかけてアメリカでは、都市化が進み製造業が発展する北部自由州と経済的な基盤を奴隷制に大きく依存する南部奴隷州のあいだで、奴隷制をめぐる対立が深まりつつあったからだ。この頃には黒人たちも戦闘的な姿勢を打ちだすようになり、北部の奴隷解放論者たちの活動も活発になっていた。

 たとえば、ノースカロライナ出身の元奴隷デイヴィッド・ウォーカーは、20年代末に黒人の抗議文を発表し、最終的な手段として武力による抵抗を呼びかけた。30年代初頭にはヴァージニア州で大規模な奴隷暴動であるナット・ターナー事件が起こった。そして奴隷制度廃止論者たちは、1833年にフィラデルフィアで奴隷制反対協会を結成し、運動の組織化を進めようとした。しかしながら、本書にも描かれているように、奴隷制廃止運動は、政治力を持つ奴隷制支持者たちの圧力と手段を選ばない激しい反発にあい、30年代末に向かって活動が停滞しつつあった。アミスタッド号で反乱を起こしたアフリカ人たちは、はからずもそんな状況にあるアメリカに闖入することになったのだ。

 そして結果的に彼らの存在は、奴隷制廃止論者たちが再び結束し、活動を発展させていくきっかけを作ることになった。廃止論者たちは、アミスタッド裁判をひとつの前例として、奴隷制の問題を訴え活動を国中に広げるために次第に司法制度を利用するようになる。また、福音伝道主義的な立場から廃止運動を展開したルイス・タッパンは、本書のなかでアフリカ人たちを救済するために貢献するが、その遺産として彼が主導するアメリカ伝道協会は、黒人を教育するための学校や大学のネットワークを作り、さらに海外にも黒人を援助する伝道所や施設を設け、急速に発展していくのだ。

 というように公民権運動という視点から振り返ってみると、アミスタッド事件がひとつの記念碑的な出来事になっていることがわかるが、いままたこの実話が注目されるのには別の理由もあるのではないだろうか。それは本書の内容が饒舌に物語っているように思う。

 著者のウィリアム・A・オーエンスは本書の英語版のあとがきでこの実話の魅力に言及している。彼は初めてこのシンケとアミスタッドの反乱の話を聞いたとき、まず何よりもこの話がドラマティックに発展していく可能性を秘めていることに魅了されたという。そこで事件の顛末に関する綿密なリサーチを終えた彼は、集めた記録や資料をもとにあくまで事実に忠実なノンフィクションにするか、ドラマティックな物語として表現するか検討した末に、後者を選んだ。彼はドラマティックな物語を構築するために、いくらか会話を創作したり、いくつか新たな設定を物語に加えたという。つまり、歴史的に見て重要な意味を持つ事件であることは間違いないが、それ以前にまず何よりも、この実話に出会った人間をぐいぐいと引き込み、想像力をかきたてずにはおかないような物語性が脈打っているということだ。


  ◆目次◆

01.   奴隷商館
African Slave Factory
02. 中間航路
The Middle Passage

03. キューバの奴隷市場
Cuban Slave Mart
04. アミスタッド号の反乱
"Kill the White Men___"
05. 東へ
Easy by Day
06. 太陽に背かれて
The Sun Against Us

07. 自由なる者の大地
Land of the Free...
08. 白人の裁き
Trial by Error
09. ニューヘイブンの監獄
The Village Green
10. 嵐が呼んだ友
Friends Storm Sent
11. 人間か所有物か
Men or Property
12. ハートフォードの巡回裁判
Palaver at Hartford
13. 拘禁生活
New England Duress
14. 墓からの声
Voice of the Tombs
15. 再開された審理
Don Escrupulo

16. 「我らに自由を」
"Give Us Free"
17. 大統領の思惑
Westville Waiting
18. 老雄弁家、参上
Old Man Eloquent
19. ワシントン、裁定を下す
Resolution in Washington
20. 「グリーンランドの氷山から....」
"From Greenland's Icy Mountains"
21. 故郷へ!
Merica Men
22. アフリカの砂
Africa's Golden Sand



 このノンフィクション・ノヴェル的なアプローチによって書かれた物語を読みながら、ぼくは一昨年に読んだある本のことを思い出した。それは、黒人奴隷の境遇から苦闘の果てに自由を手にし、本書にも出てくる奴隷たちの逃亡を助ける秘密組織“地下鉄道”の指導者として活躍したジョン・P・パーカーの自伝『HIS PROMISED LAND』である。この本は、生前のパーカーに取材した新聞記者がその言葉をまとめた記録が最近になって発見され、日の目をみることになったという異色の自伝で、確かに地下鉄道の実態に関する貴重な証言も含まれているが、まず何よりも物語としての面白さに引き込まれる。

 語り手のパーカーは、自分の半生をスリリングな冒険のように物語り、その行間には生き抜くために身についた機転や鋭い洞察力が垣間見られる。しかも彼の話を記録した記者は、当初はパーカーのことを何も知らず、かの有名な「アンクル・トムの小屋」が実話に基づいていることを確認する取材を進めているうちに彼に出会い、貴重な話を聞くことになったのだ。そんなパーカーの冒険小説のようにドラマティックな話を読むと、本書の著者オウエンズがアミスタッドの実話に出会ったときの興奮もよくわかる気がしてくるのだ。

 この「アミスタッド」の物語からは、そんな社会がいまだ混沌としていて何が起こるのか予想もつかないような時代のダイナミズムを感じ取ることができる。シンケを先頭に反乱を起こしたアフリカ人たちは、彼らにとってまったく未知の世界に飛び込んでいく。彼らはアメリカという世界についてまったく何も知らない。そんな異邦人である彼らがひたすら自由を主張することによって、結果的には彼らを所有物として取り戻そうとするスペイン政府の圧力もはねのけ、保身のために奴隷制擁護の立場をとる現大統領マーティン・ヴァン・ビューレンと奴隷制廃止に理解を示す元大統領ジョン・クインシー・アダムズの国を二分するような対決のドラマまで導いてしまうのである。しかも、アフリカに戻ったシンケのその後についてはさらに意外なドラマが準備されてもいる。

 「アミスタッド」は、歴史のなかにある偶然と自由への激しい執念が作りあげた冒険、というよりも神話的な魅力に満ちた物語といってもいいだろう。


(upload:2007/12/04)
 
 
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