瀬々敬久インタビュー
Interview with Takahisa Zeze


2010年9月 新橋
ヘヴンズ ストーリー――2010年/日本/カラー/278分/アメリカンヴィスタ/DTSステレオ
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■■役者の成長を通して人間の基本的な在り様を見直す■■

 映画に盛り込まれた人形芝居も重要な役割を果たしている。冒頭では棲みついた怪物が人間を襲うという説話を視覚化し、ドラマでは恭子の存在と深く結びつく。この人形作家は、記憶を失っていくことで自分も人形に近い存在になっていくからだ。

「百鬼どんどろさんという方が中心となって等身大の人形を使っています。人形が映画の頭と結、真ん中の恭子とミツオの話に出てくるというように、この映画の額縁として人形芝居を使いたいという発想がありました。さっきの第三の視点にも通じることですが、生々しい事件性だけをリアルにとらえるのではなく、僕たちが繋がっている世界のなかでは必ずある物語であって、特定の被害者や加害者だけのものではないということを伝えたかった。童話にはけっこう悲惨な話がありますが、そういうところまで普遍化したいという欲望があって、人形芝居を額縁にすればと思って入れたんです」

 冒頭の説話から現実のドラマに溶け込んでいく怪物とは何なのか。この映画が見つめる怪物は、殺人者や復讐者のことを意味しているわけではない。家族を殺された少女は、怪物を見極めることで成長するように見える。

「彼女は生きていくうえで、わけのわからないものに触れてしまうわけですよね。それは逆の言い方をすると、怪物ではあるけれども命みたいなもの、命が噴き出す瞬間とも近い気がするんですよ、たとえば、ミツオが殺人の前に、ぎゃあぎゃあ泣く赤ん坊をじっと見つめますね。あれは命の塊を不思議なものと見ていて、それに耐え切れなくなって過ってしまうのではないかと。まあそれは撮影をしている瞬間に思ったことなんですけど。ミツオは罪を犯した後で、同じように少女は両親を殺された後で世界や命に触れていく。そしてわからなかったものをとらえるようになることが、まあ成長といえるのかもしれません。
 ただそれは僕たちが頭で考えていたことであって、実際に撮影して印象的だったのは、少女を演じた寉岡萌希が一年の間に体も大きくなり、成長していたことです。最初にトモキから「家族を殺された人間が少しでも幸せを望んじゃだめかな?」と問われて、「だめだと思います」と答えますよね。あの瞬間、寉岡さんはまだ言えたけど、では一年後の彼女に言えたかというと難しかったかもしれない。少女はぎりぎりのところで復讐心を保ちつつ、徐々に成長していたというか。こっちのプランを越えて役者も成長していることに驚き、戸惑い、そういうことも大事にしていかなければと思いましたね。殺す、殺されるとか、復讐という話はやたらと性急に答えを出そうとするし、社会も物事に性急に答えを出そうとしますけど、人間の基本的な在り様というのはもう少し違うんじゃないかと、逆に考えさせられましたね」

 


 
―ヘヴンズ ストーリー―
 
◆スタッフ◆
 
監督   瀬々敬久
脚本 佐藤有記
撮影 鍋島淳裕、斉藤幸一、花村也寸志
編集 今井俊裕
音楽 安川午朗
プロデューサー 朝倉大介、坂口一直
 
◆キャスト◆
 
サト   寉岡萌希
トモキ 長谷川朝晴
ミツオ 忍成修吾
カイジマ 村上淳
恭子 山崎ハコ
タエ 菜葉菜
ハルキ 栗原堅一
カナ 江口のりこ
直子 大島葉子
サトの父 吹越満
サトの母 片岡礼子
弁護士 嶋田久作
鈴木 菅田俊
シオヤ 光石研
黒田 津田寛治
チホ 根岸季衣
美奈 渡辺真起子
女医 長澤奈央
サト(8才) 本多叶奈
池田 佐藤浩市
ソウイチ 柄本明
-
(配給:ムヴィオラ)
 
 

■■もうひとつヘヴンが映し出す東洋的な死生観■■

 そして、第三の視点を提供した山や海が、最後にもうひとつのヘヴンに繋がっていく。この映画がたどりつく世界は、死者が山におもむく山中他界観や海の彼方の常世から訪れるマレビトなどを想起させる。

「この映画のヘヴンは西洋的なものではないんですね。補陀落渡海でもいいんですけど、もっと東洋的な死生観なんですよ。草にも地にも水にも石にも空にも神様がいて、そのなかで僕たち人間の営みが行われているような世界観です。ただ最初からそこまで意識していたわけではなく、撮影が進むうちに、新自由主義とかグローバリゼーションというものと同じ土俵ではなく、僕たち日本人が古くから親しんでいる世界観で答えを出すこともできるのではないかという方向に自然に向かっていった。それが正解かどうか今の時点ではわからないですけど、これまでは答えを出さずにふにゃっと終わっていたので、今回は間違っていても、かっこ悪くても語り尽くそうと思い、このようになりました」

 現代では喪に服すという内面的、精神的な作業が形骸化しつつあるが、筆者にはこの映画は、21世紀の10年間というものを喪の時間ととらえることによって、日本的な死生観を切り拓いているように思える。

「直接的な答えになってないかもしれないですが、2001年に9・11があって、その後の社会はイラク戦争などずっとそれを引きずってきていますよね。それでいま思えばなんですけど、僕はその時『ドッグ・スター』(02)という映画を作っていて、現場に相米慎二さんが死んだという連絡があって、相米さん大好きだったんでとてもショックだったんですが、その翌々日、ちょうどクランクアップの日に撮影を終えて近くで飲んでいたら、テレビからあのツインタワーの映像が流れてきた。その数日の印象が強く心に残っています。
 もうひとつ2007年のことですが、佐藤真さんの自殺がやはりショックだったですね。『エドワード・サイード OUT OF PLACE』(06)を撮られて、あれもサイードという著名人を題材にしつつも、アメリカとイラクの問題に目を向け、やられたらやり返せでいいのかと問いかけている映画だと思うんです。佐藤さんは『阿賀に生きる』(02)の前から知っていて小川プロの撮影の手伝いに一緒に行ったりしていました。自分の知るそんな二人の監督が亡くなったことが、この映画に影響していると思っています」

 
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(upload:2010/11/23)
 
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