瀬々敬久インタビュー
Interview with Takahisa Zeze


2010年9月 新橋
ヘヴンズ ストーリー――2010年/日本/カラー/278分/アメリカンヴィスタ/DTSステレオ
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(初出:「キネマ旬報」2010年10月下旬号)
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一歩引いて観察するのではなく、
渦中で映画を作らなければいけない
――『ヘヴンズ ストーリー』(2010)

■■社会状況に対するアプローチの変化■■

 瀬々敬久監督の新作『ヘヴンズ ストーリー』は、9章から成る4時間38分の大作だ。その物語では、家族を殺された幼い娘、妻子を殺された若い夫、正当防衛で強盗を殺害した過去を持ち、復讐代行を副業にしている警官、理由なき殺人を犯した青年、記憶を失っていく人形作家など、20人以上の登場人物が復讐と贖罪、あるいは喪失と生存と誕生をめぐって絡み合っていく。

 瀬々監督は実際の事件に着想を得て映画を作ってきたが、そのアプローチは確実に変化してきている。たとえば『ユダ』(04)では、語り手の「私」に対してこんな台詞がぶつけられる。「自分だけ安全な場所にいるって思ってないですか」。それは、映画そのものに向けられた問いかけでもある。

「『雷魚』(97)とかを撮った頃は、隣の殺人者みたいな感じがしていたんですが、今世紀に入って社会も病理に侵されたうえ、自分も侵されているというか、自分自身が被害者になる可能性もあるし、へたしたら犯罪者にもなるような感覚になっていると思うようになりました。だから一歩引いて観察するのではなく、渦中で映画を作らなければいけない。『ユダ』もその後の『肌の隙間』(05)もそう思って作った映画です。『ヘヴンズ ストーリー』にもそういうニュアンスはありますが、もっと大きな物語、大きな枠の中で今の時代とリンクさせて、この局面を越えられないかと思って作ったところに違いがあります」

■■“雲上の楽園”という廃墟と団地を結びつける■■

 この映画では、タイトルの“ヘヴン”が示唆する世界が最初と最後ではまったく違ったものになる。最初に印象に残るのは、かつて“雲上の楽園”と呼ばれた鉱山廃墟と現代の団地や高層住宅群を結びつけた空に伸びる町のイメージだ。しかし、近代化、西洋化、郊外化などを象徴するその世界は、時の流れの中で風化しつつある。


◆profile◆

瀬々敬久
1960年生まれ。京都大学文学部哲学科在学中に『ギャングよ、向こうは晴れているか』を自主製作、注目を浴びる。86年より獅子プロに所属。89年、汎アジア的エネルギーに溢れ、ジャパゆきも題材に取り込んだ『課外授業 暴行』で商業映画監督デビュー。以降も、原発ジプシー、湾岸戦争など時代に結びついた題材を果敢に取り込み、<ピンク映画四天王>として日本映画界に一大ムーブメントを巻き起こす。一般映画を手がけてからは、さらにメジャー作品を含む劇映画、ドキュメンタリー、テレビ、ビデオ作品までジャンルを越境した活動を展開。思想的・社会的視点を取り入れた刺激的な作品を次々と発表し、国内外で高く評価されている。
(『ヘヴンズ ストーリー』プレスより引用)

 

「岩手の鉱山廃墟は高度経済成長期に実際に雲上の楽園≠ニ言われたところで、2000年に「NONFIX」というテレビ番組で行きました。かつて人が住んでいたのに今はもういないという事実にすごく引かれ、いつかそこで撮りたいと思っていたんです。それで今回の企画にこの廃墟を入れ、さらにロケハンやシナハンのために、荒木経惟が団地を撮った写真集『都市の幸福』を持って、多摩や千葉などニュータウンをけっこう回りました。今のリアルな団地ではそれぞれに生活が営まれているんだけど、やがて人がいなくなるような気配がすでに漂っている感じがありました。
 グローバリゼーションとか均質化しているといわれる世界のなかで、みんな居場所というか、確かなものを見出せずに生きていると思うんですよね。そこで、確かなものを探す人たちの物語を積み重ねる上で、かつて人が住んでいた廃墟と、今は住んでいてもやがていなくなるかもしれない団地を結びつけて何かできないかと。そういう構想が最初にあり、実際に撮影することでどんどん具体化していったところはあると思います」

 空に伸びる町は人工的な世界だが、この映画ではその背景に山や海という自然が配置され、町や登場人物たちを静かに包み込んでいくような印象を与える。

「それは最初は意識してなかったですね。むしろ多摩ニュータウンあたりをリアルに撮れないかと思ってたんですが、ロケハンに行ったら、あまりぴんと来なかった。山から町を見下ろすような違うベクトル、第三の視点がほしいということだったんだと思います。もっと言うと、この映画では当事者性というか、手持ちカメラでできるだけ人物に寄り添い、間近で心情を見つめ続けるような撮り方をしているんですが、そればかりではなく、遠目で見ている視点がほしいなと思った。だから海とか山とか、ちょっと遠方から見ているような、そういう場所の選び方はしていますね」

 一年かけて撮影された映画には、四季が織り込まれているだけではない。登場人物たちは、桜の花や蝉の抜け殻、落ち葉、夜空に舞う雪など、人工的な世界とは異質のものに触れていく。

「長いスパンの話なので、四季を通して時間を描けないかと思っていました。みんなが確かなものを探しているとして、今の世界ではそれに触れるというのがなかなか難しいじゃないですか。その距離を縮めたいという思いがあって、桜や雪、雨でもいいんですが、身体に触れてくるものを描くことも大事な気がして入れました。桜の花や落ち葉にはそれぞれに輝きがあって、悲惨な話の中にもそれに触れる一瞬があったみたいな、世界との隙間を狭めることを狙ってやったと思います」===>2ページに続く

 
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